第10話 Dear(10)

「えっと・・おばあちゃんは・・ここのおばあちゃんなんですよね?」



拓馬は徐に彼女に聞いた。



「ええ。 そうよ。 今の家元の喜和子は私の娘。 ひとり娘でしたから。 主人が早くに亡くなってしまってね。 あの子が家元になったのは、まだ25の時でした。」



「そうですかあ。」



頷きながらも華道の家元がどんなに大変なのかはよくわからず



上辺だけの返事になってしまった。



「喜和子に婿を取って。 詩織が生まれたんだけど。 喜和子の夫も20年前に亡くなってね。 ウチは本当に殿方にご縁がないというか。」



少し寂しそうに笑う彼女に拓馬はいろんな考えを巡らせた。



「・・ということは。 お嬢さんもひとり娘・・」



詩織のことを思った。




「そう。 あの子ももちろん華道の修行をしていますけど、世の中のこともわかっていないと困ってしまうから。 その傍ら週に3日ほど会社勤めもしているのよ、」



「え、OL?」



「ええ。 あの子は美術の大学で陶芸を専攻していてね。 自分で花器を作ったりもするのよ。 今は小さな会社だけどレストランなんかの食器を・・ええっと・・なんて言ったかしら。 と、とるたー? こーで・・なんとかって仕事を、」



拓馬はその言葉から



「トータルコーディネーター?」



と、口ぞえしてやった。



「ああ、そうそう。 そんな感じの名前の仕事。 もう横文字はよくわからなくて、」



老婦人はおかしそうに笑った。



「まあ・・いづれは。 『千睦流』を継いでもらうことになるけれど。 今は好きなこともさせてあげたいし。 人生経験だと思って、」



孫娘を思う優しい笑顔になった。



ただのお嬢さんだと思っていたけれど



女性ばかりの家族の中で本当にしっかりとしつけられている、という印象を持った。



拓馬は縁側からふと振り返って見ると、障子が少しだけ開いている。



「・・あれ? ちょっと歪んでいるのかな?」



そこに上がって様子を見た。



「そうなの。 きちんと閉めてもすこーしだけ隙間ができてしまうの。 冬は隙間風で冷えるのよ、」



拓馬はさっさとその障子を外して、道具箱からメジャーを出して計り始めた。



黙ったままさっさと手際よくカンナをかけたりして、



「ほら。 ぴったり。」



もう一度はめた障子はぴったりと合わさっていた。



「まあ。 すごい。 こんなにすぐに、」



「他にも何かあったら言ってよ。 すぐ直すから。」



拓馬は笑顔でそう言った。



「ありがとう。 やっぱり男手があると頼りになるわねえ・・・・」



詩織の祖母はゆっくりと頷いた。



「けっこうおれ近所の年寄り連中には人気があるんだ。 顔見ると寄ってけーって、いろんなもん食わせてくれて。 一人暮らしのじーちゃんばーちゃんだとさ、何かひとつ動かすのも大変だろ? 電球替えてやると喜んで。 小遣いまでくれようとしてくれちゃって。 」



拓馬は調子に乗っていつものように話してしまってから



この上品な老婦人を目の前にして・・と思い出し



「す、すんません・・」



気まずそうにペコンとアタマを下げた。



「おもしろい人ねえ。 ご近所のお年寄りに人気があるのもわかるわ、」



彼女は全く気にしないようで拓馬の話を喜んで聞いてくれた。




夕方6時になって片づけをしていると



「ごくろうさまです、」



詩織が帰宅したようでみんなに挨拶をしていた。



日本有数の華道の家元の家系のお嬢さんとは思えないほど腰が低く



自分たちのような者にもきちんと頭を下げてくれる彼女が本当に新鮮に思えた。



「おつかれさまです。 会社勤めをしているんですって?」



拓馬は詩織に声を掛けた。



「え? ええ・・ハイ。 パートみたいなものですけど、」



「さっきおばあちゃんから聞いたから、」



と笑うと



「・・祖母は話し好きなんです。 ウチに来るお客様ともいつも長話になってしまって。 お仕事のお邪魔じゃなかったですか、」



詩織はにこやかにそう言った。



ほんと。



今までおれの周りには絶対にいなかった女の子だ・・・



拓馬は彼女と会話をするたびに



そればかりを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る