第9話 Dear(9)

運命なんか



今まで信じたり



いや



考えたりすることさえなかった。



あの時



彼女にもう一度会いたい



って



心のどこかで思っていた。




それが



叶ってしまった。




だけど。




拓馬はこの邸宅の佇まいを見渡した。



この都内の一等地に



庭もあって平屋の日本家屋。




庭の桜の木が8分咲きになっている。



その木にそっと手をやって空を見上げた。




違う世界で生きている人だ。




足場を組んでいると、どこからか老婦人がやってきていた。




「ここに入ったら危ないよ。 おばあちゃん、」



拓馬は普通に声を掛けた。



「この桜の木が伸びて、この屋根にかかってしまいそうなのだけれど。」



さっきの桜の木を指差した。



「ああ。 さっき奥さまから伸びすぎていて工事の邪魔になるだろうから、植木屋さんに切ってもらうように頼んだって聞きましたけど、」



と言うと、老婦人は少し落ち込んだ様子で



「この桜は枝っぷりが良くて。 もうすぐ咲こうとしているのに切ってしまったらかわいそう・・」



そっと桜の木に手をやった。



拓馬は改めて木を見上げた。



もうすぐ咲きそうな蕾が少し重そうに風に揺れる。



「そうだなあ・・咲き終わるまで待ってあげたいなァ・・」



老婦人は小さく頷いた。



不安そうなその表情に



「・・じゃあ。 切らずにやれるようにおれから言ってみます。」



と、思わず声を掛けてしまった。



「ありがとう。 この桜は主人が大好きだったので・・」



彼女はほうっとして胸を押さえた。




「桜は。 あっという間に咲いて、あっという間に散っちゃうもんなァ。 短い命をパッと見事に咲かせて。 おれもそんな風になりたいなあっていつも思う、」



拓馬は笑顔でそう言った。



そんな彼を老婦人はにこやかに見つめた。





老婦人は縁側に座って、工事をする様子をずっと見ていた。



「お母さま。 大きな音がするでしょうから、お部屋に。」



詩織の母がそう促したが




「いえいえ。 若い人たちが一生懸命に仕事をするのを見ていると、なんだか私まで元気が出るようで、」



のんびりとそう言った。




昼休みから戻った拓馬は縁側にいた老婦人に手招きをされた。



「おいしいお茶を淹れました。 よかったらどうぞ、」



と、茶碗を差し出された。



「あ。 ありがとうございます。 お茶が飲みたいと思ってたんです、」



拓馬は人懐っこく彼女の隣に座った。



「あ、いけね。 作業着で・・」



気がついて慌てて立ち上がる。



「遠慮は無用よ。 一生懸命にやってくださっているんだから。」



優しい笑顔でそう言って自分の隣に手を差し出した。


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