第5話 Dear(5)

「は・・拓馬????」



あまりに意外な人物に志藤は思わず聞き返してしまった。



「そうなの! 今日、仕事帰りにウチに寄ってね。 あたしが花を活けてたら、『ちょっとやらせて』って言っていきなり。 拓馬はお花なんかもちろんやったことないんだけど、出来上がってみたらちょっとびっくりするくらいの腕前で。 色合いのセンスもいいし、あたしじゃ思いつかないような構図だし。」



ゆうこはその拓馬が活けた花を少し直しながら言った。



「は~~~~~。 意外な才能やな・・」



「もともと器用なんです。 あたしが一時陶芸にハマってたときもたまに一緒にやりに行ったりして。 それがけっこう上手くて。」



「ま、大工やし。 器用なんはわかるけど。 美的センスもあるとは、」



確かに



拓馬は優等生タイプの長兄・和馬やゆうこたちとは同じ兄妹でも少し違っていて



明るい母の性格そのまんまを受け継いだような



いくつになっても『やんちゃボウズ』のような性格で。



36になろうというのに



全く結婚する気配がないと、以前白川の母がこぼしていた。



性格もサッパリしていて、志藤家の子供たちのこともよく面倒見てくれるほどの子供好きで



なぜに結婚をしないのか



妹のゆうこにも全くわからなかった。



「こんなことしてたらお母ちゃんがまた心配しそう。 何やってんだって、」



ゆうこは笑ってしまった。



「相変わらず浮いた話もないの?」



志藤は素朴な疑問を口にした。



「拓馬ってほんっと秘密主義で。 つきあってる人をウチに連れてきたこと一度もないの。 和馬の話に寄ると、つきあってる人は何人もいたみたいなんだけど。」



「ウチの居心地がよくて、結婚する気にならへんのとちがう?」



志藤は笑ってしまった。



「お母ちゃんもなんだかんだで甘やかしてるから。 和馬も結婚して家を出ちゃったし、もともと拓馬はお母ちゃんとすっごく仲がいいから・・・」



「あの二人、ほんま似たもの同士やもんな、」



「今日もななみのお見舞いに来てくれたの、」



ななみが1週間ほど前に激しい喘息の発作を起こしてしまい、4月に入学したばかりの小学校をずっと休んでしまっていた。



ななみが退屈だろうからと言って、拓馬はスケッチブックと色鉛筆を買って来てくれた。



「・・ななみは拓馬に懐いてるからなあ。 マジ、おれよりも。」




ななみが生まれた頃は、事業部の仕事も本当に忙しくなり、家に戻るのは子供たちが寝静まった深夜になった。



休みの日が取れることもままならず、ほぼゆうこと子供たちは母子家庭状態で過ごしたようなものだった。



そんなときに彼女の実家の近くに家を建てたことが



本当に助かっていた。



拓馬が子供たちの遊び相手になってくれたり、幼稚園の迎えにも行ってもらったりと



志藤一家を支えてくれていた。



「ま。 おれは現場の仕事がないと暇だしな、」



いつもそう言って笑っていた。



兄の和馬は建築会社に勤め、父の仕事を支えていたのは拓馬だった。



「それでね。 今度の日曜日、あたしのお花の先生が個展を開くから行くことになったんだけど。 拓馬も一緒に行くことになっちゃって、」



ゆうこは志藤の風呂の仕度をしてきた。



「お花の個展まで行く? ハハ、ようわからん男やな、」



明るく笑い飛ばした。



『運』とか『縁』が



思わぬところに転がっていることも



まだまだ誰も気づいておらず。



拓馬の運命が動き出そうとしていた。




「えっ、ななみも行ってみたいな・・」



当日、元気になったななみが仕度をするゆうこに言った。



「ななみはまだ人ごみに行かない方がいいよ。 おうちでおばあちゃんと待っていよう、」



留守番に来てくれた母がそう言ったが



「きれいなお花がいっぱいなんでしょう? ななみも見てみたい・・・」



元気いっぱいの姉弟たちと違ってあまり外で遊んだりすることもないななみが



こうして外出をねだることもあまりなかった。



ゆうこは何だかかわいそうになって



「じゃあ、行こうか、」



ななみの頭を撫でた。



「え、ぼくもいきたい・・」



それを聞いたななみの2つ下の涼太郎が言い出した。



「涼なんかすぐ飽きちゃうから行かないほうがいいよ。」



ひなたがマンガを読みながら止めてくれて、ゆうこは少しホッとした。



「そうそう。 涼、お昼は涼の大好きなやきそばにしよう。 おばあちゃん作るから、」



母の言葉に



「え! やきそば!?」



涼太郎はもう外出よりもやきそばに夢中になったので、ゆうこはクスっと笑ってしまった。


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