第39話 奇跡
正晴はその日、家に帰ると、父親から殴られた。
「いつまで外をであるいとんのじゃ!!」
門限は過ぎてはいない。ただ、門限に甘えて、家にすぐに帰ってこないのはどうなのかということらしい。
その理不尽な怒りに対して正晴はじっと耐える。耐えることで、この地獄が終わると信じて。
真里は家を出て、正晴に椅子を押されながら学校に向かう。
「昨日は楽しかったね」
そう、真里は無邪気にほほ笑む。
「そうだな楽しかった」
「そういえば……その傷は何?」
正晴の手は軽く傷ができていた。じっと見なければわからない程度の傷だが。
「これは、昨日こけた傷だ」
「本当に? 腕だけ傷がつくことある?」
「あるだろ別に」
そう言って正晴は顔をそっぽに向けた。
「ふふふ、まあいいや」
そう真里は笑い、
「正晴君、もっと早く押して!!」
「なんでだよ!!」
「いいから」
「はあ」ため息をつきながら正晴は押すスピードを上げた。
「あはは、楽しい!!!」
「俺はお前の召使じゃないんだぞ」
とは言いつつ、正晴にとってもまんざらではない。顔は思わず笑顔になっている。
そして、教室につく。
「やっぱりその傷、何かあるでしょ?」
真里はやっぱり聞いてくる。それに正晴は少し困りつつも、「だから転んだだけだ」と言い放った。
「むぅ、どうしても本当のことを教えてくれないんだね」
「だから、こけたのが本当のことなんだって」
「いや、こけたのならこんな傷じゃないはず。これは完璧ににたたかれた傷だよ。……ねえ、正晴君、本当のことを教えてくれない?」
そう真里は手を合わせながら頼む。それを見て正晴は軽いため息を吐く。
「仕方ない、分かったよ。ただ、別に大した話じゃない。親父から厳しい指導をされただけだ」
「……それって、体罰?」
「ああ、そうだ。俺は体罰を日々受けている。でも、俺が悪いんだ。親父の気分を害したから」
「それはおかしいでしょ。だって、親から暴力を振るわれるなんておかしいもん」
「そうか……そうなのかもな」
そう、高笑いする正晴。
(ストレスがたまってたのかな)
そう、真里は考えた。
やっぱり放っておけない。
「ねえ、正晴君。今日一緒に正晴君の家に行こうよ。だってこのままじゃ絶対だめだもん。何とかして説得しないと」
「説得?」
「うん。もう正晴君をいじめないでくださいって」
「無理だろ」
「いけるよ。それにいつも車いすを引いてもらってる恩を返さないと!」
「別にそのために引いているわけじゃないんだけどな」
そして、実際放課後、二人は正晴君の家に向かった。
そして、ドアの前、
「とは言ってたものの、緊張するね」
「真里が言い出したんだろ?」
「それは……そうだけどさ。でも、やっぱり怖いじゃん」
そして真里は数秒間じっとドアを見た後、
「やっぱり帰っていい?」
そう真里は手を合わせる。
「流石にここまで来て帰るはねえだろ。行くぞ」
「はーい」
そして正晴は家の扉を開ける。
「おう、帰ったか」
そう、正晴の父、政次がそういう。顔は赤くなっており、すでにだいぶ泥酔していることは明らかだ。
「で、誰だ。その女は」
「えっと、長谷川真理です」
「真里……か。てことはおーん? 彼女ってことか?」
「いや、彼女じゃなくて、友達」
「それは俺にとって関係ないんだよ。なんで、人を家に連れてきてるんだ? もしかして昨日帰りが遅かったのは、そいつのせいか? ああ、正晴。答えろ!!」
そう政次は畳みかける。
「お前は、俺をなめてんのか?」
「別にそれはいいだろ」
「よくねえから言ってんだよ! そこの女も俺をなめてるよなあ。知ってるんだ。どいつもこいつも舐めやがって」
政次はそう言って酒をグイっと飲みほした。
「正晴君。そういう事なんだね」
真里は小声で追う正晴に話しかける。
会話の通じなさそうないかにもなダメ男。それが真里が今の会話で感じたすべてだ。
「苦労してるね」
「そうだな」
「おいてめえら。うるせえ聞こえてんだよ!!!!」
そう叫ぶ政治。話し合いなんて出来そうな雰囲気にはもうすでにない。
「私がここに来た理由は分かってますよね。あなたの意味の分からないストレス解消に正晴君を巻き込まないで」
「知ったような口を吐くなあ、どうせこいつは俺の子供、俺の所有物だ、なら、何したっていいはずだろ?」
何度目だろうか。救えないと思ったのは。真里は軽く息を吸って、
「あなたは本当にそう思ってるんですか? そして今までこんないじめのような虐待をしてきたんですか?」
「ん? そだよ。そんなの知ってここにいるんだろ?」
その瞬間、真里は自分のスマホを政治に見せる。
「見て、今の会話すべて取ってるから。今更言い訳なんてできないからね」
それを政次は数秒間じっと見る。そしてようやく意味が分かったみたいで、
「お前、撮ってたのか。消せ」
「いやだ! 正晴君お願い」
「まったく無茶をする」
そして、正晴は全力で真里の車を押す。警察署に向けて。
「待て! 待たんか」
たがが外れたらしい政次は必至で二人を追いかける。確かに平時だったら車いすを押す二人に余裕で追いつけるはずだ。だが、運のいいことに警察所までは坂道となっており、逆に車いすが二人の速度を加速させる。
そんな車いすに追いつけるわけもなく、あっさりと警察署についた。
「ここだね。いこー!」
「はいはい」
二人は警察所に入る。
「あの、すみません」
先に仲の人に声をかけたのは真里だ。
「これ見てほしいんですけど」
動画を流し始める。動画には先ほどの逃走劇のもしっかりと入っている。
「なるほど、これは……ちょっと児童方面と話し合って……」
そこまで行ったとき真里と正晴は不思議な感覚に襲われた。
そして、次の瞬間、世界が変わった。そして、二人が気が付いたところは、真里の家だった、テレビでは、政次が逮捕されたという旨のニュースが放映だ。
すでに政治は逮捕されていた。
「え、何が起こったの?」
「わからん」
二人は混乱する。
そんな時、目の前に天使が現れた。いや、天使というよりは女神の方が正しいか。
その体は不思議なオーラに包まれており、見るからに人間ではない。
「あなたは誰?」
思わず真里は聞く。
「私はルティス。女神です」
その言葉を二人は信じられなかった。
何を言っているのか全く理解ができない。
そんな二人に対して、ルティスは言う。
実は天空裁判で、高塚君の罪が免除されたの」
「高塚って誰だ?」
「ごめんなさいね。今のあなたたちに行ってもわからないことだもの。本来あの男は証拠不十分で釈放されるはずだった。逮捕されないはずだった。だけど、私の力であなたを救うためにここに来たの。信じられないと思うのだけれど、これが私がここに来た理由よ。ついでにティ……真里、あなたの足も治してあげる」
「そんな至れり尽くせり……あなたは誰なんですか?」
「私はあなたの友達よ」
そう言ってその女神はその場から消えた。
そして、目が覚めると、二人はその記憶を忘れてしまっていた。
「あれ、寝てた?」
「みたいだな」
二人はソファーから立ち上がろうとする。
「あれ、」
そこで真里は違和感を感じる。
「足が動く?」
今までほとんど動かせなかった足が動く。それは真里に違和感を感じさせる。
真里はとりあえずソファーに手を置き、立ち上がる。するとその足は体を支えている。
立てている。
「嘘……?」
今まで動かせなかった足が動かせるようになっている。しかも、きちんと立てる。これは奇跡に近いことだと思った。
「どういうことだよ」
それを見て、正晴はつぶやく。
「ねえ、正晴君。私立てたよ!」
「……おう、おめでとう」
それだけしか正晴には言えなかった。
そして、しかも驚くことはそれだけじゃなかった。ニュースで逮捕という文字が見えたのだ。
「親父、逮捕されたのか?」
正晴は驚く。
「どういうことだよ一体」
だが、ルティスは現れない。現れることがない。だって、女神の存在なんて地上人が知っていいはずがないのだから。
「ま、神様の奇跡ってことでいいんじゃない?」
「……そ、そうだな」
そう自身を納得させるしか無かった。
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