第8話

「美恋ちゃんはなんで調理部入ろうと思ったか聞いてもいい?」

沈黙を破ったのは深瀬先輩の遠慮がちな質問だった。

「不器用だからそれを少しでも直したいっていうのもあるんですけど、去年の文化祭で食べた動物カップケーキが忘れられなくて。見た目も味も最高で、こういうのを作れるようになりたいなって思ったからです。」

去年の文化祭を思い出しながら答える。様々な動物の顔が施されたカップケーキは、見た目のかわいさはさることながら味もめちゃくちゃおいしかった。カリカリした表面にしっとりした中身がマッチして、しばらくはその味を忘れられなかったほどだ。

「そうなんだ、あのカップケーキ、俺も作ったよ。猫担当で。」

「えっ、私猫ちゃんのやつ食べました!」

「じゃあ、俺が作ったやつだね。すごい偶然。」

そう言って深瀬先輩が微笑むものだから、私の心臓はまた暴れ出した。まさか入部するきっかけの1つになったものを深瀬先輩が作っていたとは。偶然だろうけど、恋をしていて気分が高揚している私には運命なんじゃないか、なんていう馬鹿げた考えが頭に浮かんだ。

その後も調理部関係の話をしていると時間はあっという間に過ぎ、私の最寄り駅に着いてしまった。深瀬先輩といると時間の流れが早い気がする。

「今日はありがとうございました、楽しかったです。」

「俺は何もしてないよ、気を付けてね。」

手を振る先輩に会釈をしてからホームに降り立つ。歩くと火照った体に吹く少し冷えた春風が心地よかった。


翌日、無事に入部届を提出できた私と小春は正式に調理部の部員となることができた。早速家庭科室に行くと、鈴木先輩が笑顔で迎えてくれた。

「私たち入部届出しました!正式に部員です!」

「お~、嬉しいよ小春ちゃんも美恋ちゃんも!今日の部会は自己紹介会にするか!」

言いながら黒板に大きな字で自己紹介と書く鈴木先輩。その横では、制服姿の深瀬先輩が丸椅子に座って部誌を書いていた。姿を見るだけでドキドキしてしまう。

「ほかにも1年生来る予定だから、皆がそろってからにしよう!」

「はーい!」

小春が元気のよい返事をしたところで、家庭科室のドアが開いて複数人生徒が入ってきた。ネクタイの色を見る限り、先輩が多かったけど1人1年生のネクタイをした男子生徒が後方から入ってきた。あの人が私たちと同じ新入部員だろうか。深瀬先輩がその人に声をかけると、私と小春の近くにある丸椅子に腰かけた。挨拶をしようか迷っていると、深瀬先輩が声をあげた。

「じゃあ、皆そろって初めての部会なので自己紹介から始めようと思います。まずは部長からどうぞ。」

話を振られた鈴木先輩は、元気よく立ち上がった。

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