第5話

小春の言葉にぴくりと少し反応してしまった。その反応を見逃さなかったようで、追及の手が私に迫る。

「いるの⁉」

「声が大きいよ、小春。好きって言うか、憧れの人かな。」

昨日の面影を思い出しながら答える。好きな人、と言われて最初に思い浮かんだのは深瀬先輩だったけど、あくまで今まで周囲にいないタイプの大人びた人だから気になるのだろう。それに、昨日会ったばかりの私が好きだなんておこがましいし。

「誰⁉うちの高校の人⁉」

大興奮の小春が目を輝かせながらさらに聞いてくる。これは言わないと収まらないと判断し、観念して深瀬先輩の名前を口にする。ついでに昨日、最寄り駅まで一緒に帰った話もしておいた。

「え~、そうだったんだ!同じ沿線ならよく会えるんじゃない?」

「どうだろう、先輩の家結構遠そうだから、そう簡単には会えないんじゃないかな。」

「そっか~、それは残念だね。」

「だからあくまで憧れの人だよ?それに…」

おにぎりを頬張りながら空を見上げる。雲一つない快晴で、太陽がまぶしかった。

「夏には引退しちゃうから、好きになったらつらいだけだと思うんだよね。」

「そこまで考えちゃうなら好きなんじゃないの?」

小春の言葉が痛いところをついてきた。気づかないふりをしていたけど、薄々私も思っていたことだからなおさらだ。

「好き、と憧れ、の違いなんて分かんないよ…。」

私のつぶやきとほとんど同時に、午後の授業の予鈴を知らせるチャイムが中庭に響き渡ったため、深瀬先輩の話は一旦保留となった。

助かったような、もう少し話していたかったような。そんな複雑な気持ちを抱えながら私は小春と共に教室に向かった。


放課後になり、職員室で無事に入部届の紙をもらえた私と小春は、帰りに駅ビルの中にあるファーストフード店で軽食をとってから帰ることにした。今日は調理部の活動日でないため見学もできないし、2人とも高校生になったら寄り道をしてみたいという共通の願望があったため、放課後の約束は割とすんなりと決まった。

人がたくさんいる店の中に入ると、一気に喧騒が飛び込んでくる。レジで私はオレンジジュースとアップルパイ、小春はコーラとミニパンケーキを頼み、各々お金を払って商品を受け取る。店内の席は、私たちと同じように学校帰りに寄ったであろう学生やパソコンを開きキーボードを打ち込んで仕事をしている大人でいっぱいだったので、店外のテラス席に腰掛ける。暖かな春の日差しと時折吹く春風が心地よい。

まだ温かいアップルパイにかじりつきながら、小春と数学の授業が難しかった話をしていると突然後ろから名前を呼ばれた。

「もしかして小春ちゃんと美恋ちゃん?」

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