第3話

その日は部活見学に来てくれたお礼だと言って、鈴木先輩が丁寧にラッピングされた焼きたての市松模様のクッキーをプレゼントしてくれた。今日の調理部には私たち以外に見学者はいなかったからかもしれない。ほのかにおいしそうな香りを漂わせるパッケージを大切にリュックサックにしまってから、小春と共に駅への道を歩く。小春と似ていて明るく元気な鈴木先輩と話すのが楽しくて、思いのほか話し込んでしまい外は薄暗くなっていた。隣を歩く小春がニコニコしながら話し始める。

「やっぱり私は調理部入るよ!先輩達もいい人そうだったし、何より作るの楽しそうだったもん!美恋は?」

「私も入るつもり。入部届出すの楽しみだね。」

小春がうんうんと長い髪を揺らしながらうなずく。いつも大きなリアクションをとってくれるから、一緒にいてとても楽しい。

駅に着き、いつものように改札で小春と別れて自分が使う沿線のホームに降りる。ちょうど高校生の帰宅ラッシュの時間なのか、ホームには制服を着た学生の姿が多く見られる。電車も混んでいるのかも、嫌だなと思いながら乗車口に並ぶ人の列の最後尾に並ぶ。電車が来るまで見ることもなしにホームにいる人を眺めていると、隣の列に並ぶ同じ制服の生徒がふと目に留まった。顔を見ると、今日話しかけてくれた深瀬先輩だ。入学式の日に見かけた通り、やはり同じ沿線を使うらしい。

それから少し待っていると、電車がホームに滑り込んできたのでそれに大勢の人と共に乗り込む。車内の席は満席のため、適当な位置に立ちつり革をつかむ。窓の外に流れる夜の街を見ていると、いきなり隣から低い声が降ってきた。

「あれ、部活見学来てた子だよね?」

見上げると、隣の車両に乗り込んだはずの深瀬先輩が立っていた。連結部分から移動してきたらしい。話しかけられた驚きなのか、鼓動が早いのを自分でも感じながら答える。

「はい、そうです。」

「やっぱり。偶然だね、びっくりして思わず声かけちゃった。」

そう言いながら深瀬先輩は私の隣に並んでつり革を同じようにつかんだ。どうやらここに立って帰るらしい。

「お名前聞いてもいいかな?」

「梨野美恋です。美しい恋って書いてみこって読むんです。」

いつも聞かれる下の名前の漢字もついでに答えると、深瀬先輩は形の良い眉を少し下げて笑った。

「美恋ちゃんか、素敵な名前だね。」

不意の名前呼びとストレートな誉め言葉にドキッとした。どう反応したらいいか分からず、テンパりながらもとりあえずお礼を言っておく。

「あ、ありがとうございます。つけてくれた両親も喜ぶと思います。」

私の言葉を聞いた深瀬先輩は大きな瞳を丸くして、「真面目だね」と言い優しい笑みを浮かべた。

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