第十章

終わりと始まり

 真珠は空に浮かんでいる。


 意識はなく眠っているようだった。何かに抱かれるようにして、柔らかく横たわっていた。


  やがて、ゆっくりと降下し始める。真珠の体の周りに、セピア色の葉が一枚、また一枚と緩やかなつむじ風のように現れた。


 葉は数を増しやがて枝となった。枝は数を増しやがて木となった。


 ……やがて、一面のセピアの森が周囲にその姿を現した。真珠の体がゆっくりと大地へ降り立つ。何者かが森の大地へそっと置くように、その体を優しく横たえた。


 しばらくして真珠は目を覚ました。体を起こして辺りを見渡す。


 ――ここはどこ?


 真珠は森の中を歩き始めた。


 やがて、ただ一本、青々と色づいた大きな木にたどり着いた。


「あなたはクイーンツリー?」


 真珠がその木に呼びかけ、その呼びかけに木が答えた。


「いいえ、私はマザーツリー。今、この森での役目を終え、これから新たな地でまた新たな森を生み出す者です」


「ここはエルセトラなの? どうしてわたしはここにいるの?」

「此処はあなたもよく知っている森。そしてあなたも、私と同様に此処での役目を終え、自分の故郷に帰る時が来ようとしています」


 真珠はこのマザーの言葉で自分の旅の終わりが近いのを感じた。


「私の役目?」

「ええ。あなたの旅の目的は白クジラの子を群れに帰すこと。そしてクイーンの目的はこのエルセトラの子パールをあなた自身に助けてもらうこと。そのどちらもあなたは無事にやり遂げてくれました」


「パールは助かったの?」

「はい。あなたがそう強く望んだおかげです」


 森の中を一筋の風が通り抜けた。


「そろそろ時間のようですね」


 真珠は急に寂しくなってきた。


「わたし! まだみんなにお別れの挨拶をしてないわ! だからこのままじゃ帰れないわ!」

「もちろんです。私が此処を去った後、この種を蒔きなさい」


 真珠はオレンジ色の小さな種を受け取った。


「その種を蒔いた後、あなたはあなたの仲間の元へと行けるでしょう。彼らに別れを告げたならこう言いなさい、『****』と。これが、あなたの故郷に帰るための呪文となります」

「これが?」


 マザーは真珠の前からスゥーと消えていった。まだマザーの声が頭の中に残っている。


「また、会いましょう、異世界の子真珠」


 その言葉を最後にマザーの声は聞こえなくなった。


 真珠はマザーから受け取った種を握りしめ、マッシュ、フランク、クルックスのことを思い浮かべていた。


 病室でふて腐れているだけの自分を、このエルセトラに連れ出してくれた、どこか大人びたマッシュ。


 今まで体験したことのない色々な景色を見せてくれた、おっとり屋のフランク。


 みんなのムードメーカーで、いつも仲間を気遣かってくれた、臆病だけれど責任感の強いクルックス。


 忘れられない経験ができた。何にも変えられない思い出をくれた。最高の仲間。


 真珠は握りしめた種を蒔いた。種はすぐに地中へと埋まっていき、そこに小さな芽を出した。


 その芽が突然輝き出すと、一本の光を上空に放った。放たれた光を中心に、セピアだった世界が色づき始めた。

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