マッシュの背中

(真珠! 真珠!)


 わたしを呼ぶ声が聞こえる……。


(真珠……!)


 真珠がうっすらと目を覚ます。真珠はパールの手を握りしめたままの姿勢で意識を失っていた。目の前にパールの母、モアナとマッシュの姿があった。


「真珠!」


 真珠がはっと気づいて起き上がった。パールとモアナ、マッシュを交互に見る。


「よかった! 解毒薬を持って帰ったら君までパールと同じ症状になっていたので、慌てて薬を飲ませたんだ」

「パールは!?」


 真珠はパールを見た。さっきまでオレンジに染まっていたパールの全身は、落ち着いた色となっている。まだ意識はないが、その落ち着き始めた呼吸を感じて真珠は安心する。


「もう大丈夫だ、薬が効いてきたようだ。しばらくすれば目を覚ますだろう」

「よかった……」


 モアナが真珠の手を握りしめながら、涙にぬれた瞳で真珠とマッシュを見つめて感謝の言葉を口にした。


「ありがとう……本当にありがとう。あなたたちのことは一生忘れないわ……!」


 マッシュと真珠はもう一度パールを見た。そしてその傍らで、温かい涙を流すモアナ。


 ――パールは大丈夫だ。


 二人はただ、そう思った。


「はい」


 にっこりと真珠は微笑んだ。マッシュは黙っていた。



 マッシュと真珠がパールの家を出る。グランドがドアの前に立っていた。


 言葉少なくグランドは謝罪と感謝を口にした。


「すまなかった。感謝する」


 マッシュはグランドの目を見た。


「お互い様さ」


 夕陽が優しく差し込むブルネラの町の路地を、マッシュと真珠はアマルの店へと向かって歩いていた。


「今日は大活躍だったね」


 前を行くマッシュの背中に、真珠が語りかける。


 マッシュは立ち止まり振り返るとジェリービーンズをカシャカシャやって一粒放り投げ、


「君がいたから彼女を救えたんだ」


 とニッコリ笑った。そして再び前を向き、真珠の前を歩く。


「マッシュ……。ありがとう」


 マッシュは前を向いたままシルクハットを浮かせた。



 真珠はアマルの店へ向かう道のりを、ずっとマッシュの背中を見て歩いた。


 マッシュの背中をエルセトラの夕陽が照らす。


 マッシュの背中はこんなに小さかったっけ――そう真珠は思った。


 その背中が旅の終わりを語っていた。黒い燕尾服の漆黒がほのかに橙色に染まる。


(君と旅ができて本当によかったよ。ありがとう、真珠……)


 マッシュは、背を向けたまま心の中で真珠に伝えた。

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