オレンジの熱
部屋に入ると、パールの顔がベッドの上でオレンジ色に染まっている。
モアナはその前で、今にも消えいりそうなパールの命にただ泣き崩れていた。
マッシュが突き進み、シーツをはぎ取ってパールの指先を確認した。
爪の内側までがオレンジに染まり、ものすごい熱を持っている。
「やはり、ポカの実か! 間違いない!」
グランドもモアナもマッシュの言ったことがわからない。
「ひ、陽橙樹の実だって。町長とノランさんが……」モアナはさらに涙が溢れ出すままに言った。「パールはもう持たないと言ったの!」
それは最愛の娘の死を覚悟しなければならないという現実を突きつけられた母親の悲痛な叫びだった。
「これはポカの実によって起こる症状だ! 私にも経験があるからわかるんだ!」
――経験がある!?
グランドとモアナはまるで信じられないものを見たようにマッシュを見た。
「ああ、一度これとまったく同じ症状が出て、師匠に命を救われたことがある」
「救われたことがある!? 治るのか!?」
グランドが詰め寄る。モアナもマッシュにしがみつくように懇願する。
パールの呼吸は、既にその命を終えるかのように弱い。
「もちろんだ、しかし今のパールの状態からして、解毒薬を取りにいって戻ってくるまで持たないかもしれない!」
そう言うとマッシュはパールの部屋の窓から飛び出して庭にある小屋に飛び乗り、地面にさらに飛び降りると、森に向かって一直線に走った。
「待ってくれ!」
窓から飛び出したマッシュを追おうとしてグランドは窓枠に手をかけた。それから「クソッ!」と駆り立てられるように振り返り、壁にぶつかるようにしながらパールの部屋を出ていく。ものすごい音を立てて階段を駆け下りてドアから外へ出ると、マッシュの後を追った。
「パール! あぁ……パール、パール! お願いよ……。がんばってちょうだい!……」
モアナはパールの傍らにひざまずいて、祈るようにその両手をしっかりと握りしめた。
真珠が横たわるパールの顔を撫でる。
「もう大丈夫よ」
真珠もモアナの手を覆うようにして、パールの両手を握りしめた。
その瞬間、目にははっきりとは見えない曖昧な光のようなものに二人は包まれていく。
真珠は突然説明のつかない不思議な感覚に陥った。
パールの感情が流れ込んでくる。
パールの記憶が流れ込んでくる。
パールの感覚が流れ込んでくる。
真っ白な光に包まれて目を開けると、この部屋の天井が見えた。
両脇にはまだ若々しいグランドとモアナが愛しそうに満面の笑顔でわたしの顔を覗き込んでいる。
その記憶は海の波が引くかのように消えていった。
次の波がやってくる。
ブルネラの町で男の子たちにいじめられていた……。わたしは泣きながら家へと向かって歩いている。
この記憶もすぐに波にさらわれるかのように消えていった。
記憶やその時の感情、そして感覚が、まるで自分が経験したかのように流れ込んでは次々と消えていった。
真珠は突然体が燃えるような熱さに襲われる感覚に陥った。
熱くて熱くてもがいている。体の怠さに、嫌悪感に襲われる。自分の細胞ひとつひとつが高熱にうなされる、そんな感覚だった。
そのあまりの苦しさに心は折れ、出口のない迷路に迷い込んだかのような苦痛に、絶望という言葉が浮かんでくる。
(パール、聞こえる? わたしは真珠よ)
突然の声に驚いた。
(パール、もう大丈夫よ。あなたの苦しみをわたしが半分もらうわ)
そう真珠と名乗る声が言った。映像は浮かばなかった、あるのは感覚と感情と記憶だけ。
自分がパールとしての映像を見ていたのか、真珠としてパールの映像を見ていたのか、何が何だかわからなくなってきた。
でもひとつだけ、体は随分と楽になったのは確かだった。
「パール……パール……」
泣いていたモアナが、片手でパールの体や顔を触って確認する。熱が引いてきている! もう片方の手は依然としてしっかりとパールの手を握りしめていた。
我が子と同じ姿の真珠。その真珠がパールの手を握った瞬間に、自分の娘を蝕んでいた灼熱のような熱が、急速に冷えていくのをモアナは確かに感じた。
パールの歪んだ顔が、ぐったり閉じられた目が、力なく緩む口元が、少しづつ精気を帯びていく。モアナの目に喜びの涙が溢れて来た。
「あぁ……あぁ……パール!」
その感動と感謝を真珠に伝えようとして、モアナは目を疑った。
真珠の肌が、先ほどまでのパールとまったく同じように、オレンジ色に染まっていた。
自分の手の上から覆うようにして、パールの手を握ってくれている真珠の手が、みるみるうちに熱くなっていく。真珠はパールに覆いかぶさるようにシーツの上にゆらりと倒れこんだ。その頬に触れると娘と同じくらいの熱を帯びている。
「あなた? 大丈夫!?」
真珠に呼びかけるが反応がない。
真珠もまた娘と同じ状態に陥ったのを知りモアナは息を止めた。
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