勇気ある人よ
恐怖の共鳴が完全に収まり、白クジラの群れが降り立ってくる。周囲の者はただ驚いてその様子を見ていた。
ノランが四人の元に駆け寄った。
「マッシュ! 実はパールが大変なんだ! 君なら何かわかるかもしれない」
「パールに何かあったのか!?」
「これを見てくれ。君はこれを知っているか?」
ノランが手の平を開いて、陽橙樹の実をマッシュに見せた。
「ポカの実だ! どこでこれを? まさか食べたのか!?」
「パールのポケットからだ。わからない。もしかしたら違うかもしれない」
違ってくれたらいいと思う。ノランの脳裏をアルベロの思い出が駆け巡る。
周りでは、町の者がまた騒ぎ始めている。混沌を超えた一瞬の安堵の後に、そこに依然としてある異種族の脅威に対して再び声を上げ始めた。フランクの求めに応じて、この町を修復する手助けをするために降り立った白クジラの群れを男たちが囲み始めている。
ノランは後方を見やって、マッシュに頼んだ。
「またすぐに騒ぎ始める。ここをこのままにはしておけない。パールを頼めるか?」
「わかった!」
「グランドを追ってくれ。パールの父親だ」
そう言うとノランは、少し離れたところで白クジラの群れに向かおうとしていたグランドに向かって叫んだ。
「グランド! パールが危ない!」
「何だって!? ただの熱じゃないのか!?」
パールの危篤を報せるノランの声。ノランのその深刻な表情を見て、グランドは蒼白とした。身をひるがえすと他の男たちに後を頼むと言い残して町に向かって走りだした。
どさくさに紛れるようにしてマッシュが後ろを追っていく。
「あぁ! マッシュさん! まだ町の中は危険なんじゃ?」
クルックスが慌てて不安を口にしたが、もうそこにマッシュの姿はなかった。
「おまえたち、まさかまた町へ入ろうなんて思ってないだろうな」
真珠たちの前に一人の男が立ちはだかる。グシャンだった。
「おまえたちさえ来なければ、おれたちはこんな酷い目に遇わずに済んだのに!」
先ほど「なんとかしてくれ!」と助けを求めていたこの男は、難が去ると性懲りもなく敵意の目を向けた。他の男たちもグシャンの脇に立って、グシャンの言葉に賛同しはじめる。
グシャンが再び真珠を抑えつけようとしたその時、真珠の側にいたアマルのフライパンがグシャンに一発飛んだ。
鈍い音が響き、グシャンはその場に沈んだ。
「この子はあたしの妹も同然だ! もし、この子たちに何かしようものなら、あたしが許さない。あたしを敵に回してもいいなら、そのつもりでかかって来な!」
真珠たちを守るようにして、アマルが息巻いている。
真珠がノランを見ると、「成り行きってやつらしい」と申し訳なさそうにノランが笑った。
ノランが一歩進み出て、町の者たちの前に立った。
「おまえたちに彼らがいったい何をした?」ノランの顔は険しい。「彼らに何をされ、おまえたちは怒っているのか? 彼らに何をされ、恐れているのか? 何もない、何もないのだよ」
何人かの男たちが顔を見合わせ始めた。
「彼らだって我々と同じように家族を愛し、仲間を愛し、そしてこのエルセトラを愛しているんだ。何ひとつ違わないのだ。もし、姿、形が違うことが罪ならば、彼らにとっても我々は罪を犯しているはずだ! このことを町全体で考えてほしい。我々にとっての真の敵とは何なのかを」
男たちの中のざわついた空気が静止した。ノランの言葉に何か言う者は誰もなかった。ノランは振り返るとフランクたち全員に謝罪の言葉を述べた。
白クジラの群れの代表として、フランクの父親が語りかける。
「勇気ある人よ。私たちへの誤解を解いてくれて本当にありがとう。いつか、この世界の人々が、あなたのようになってくれることを我々も望んでいる」
フランクの父のこの言葉は、その場の人々全員に聞こえた。
この場にいた全員が、この言葉を聞き漏らすことはなかった。
アロガンがグシャンとカウアドの側に駆け寄って来て、倒れているグシャンに手を差し伸べた。
「おぃ、グシャン。立てるか?」
アロガンが辺りを見渡し、照れ臭そうに言った。
「しかし、とんでもないことになってるな。この状況でおまえたちよく生きててくれたよ」
グシャンが差し出されたアロガンの手を握り、起き上がる。
「まぁな。でも、自分たちが蒔いた種だからな。もっと良い種が蒔けたなら、こんな結果にならなかったかもな」
アマルのフライパンを仲良く一発ずつもらった二人の顔は赤く腫れあがっていた。
そんな二人の顔をみたカウアドが、「この状況よりもおまえたちの顔の方が深刻だ」と笑った。
真珠がノランに聞いた。
「ねぇノランさん。パールって?」
「あぁ、そうか、君はまだパールに会ってなかったね。君にそっくりな女の子だよ」
マッシュに託してしまったが、パールは大丈夫だろうか 元気に笑うおてんばパールの笑顔が、真珠に重なる。
真珠は頭の中でクイーンの言葉を思い出していた。
わたしの半身が、この世界での命を終えようとしている……。
「その子は死にそうなの?」
これ以上ないほどにまっすぐな眼差しで、真珠がノランに答えを求めた。
グランドやマッシュとのやり取りをこの少女が聞いていたとしても、パールが病で死にそうなことは、まだごくわずかな人しか知らないはずだった。ましてパールにすら会ったことのない真珠がなぜそれを知っているのか。
ノランは悲しげな表情でそうだよと答えた。
――やっぱり! クイーンが言ってたのはパールのことだったのね!
「ノランさん、わたしもパールのところに連れてって!」
ノランは、真珠の目に強い確信めいた光が浮かんでいるのを見た。
はっきりした何らかの使命。異国から来たこの少女が、理由はわからないが確かに何かを成し遂げようとしている。
「わかった。急ごう!」
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