第八章

町の英雄

[遡ること、前日の朝]


 恵まれた町、ブルネラ。山々に磨かれた綺麗な水の恵を受け、降り注ぐ太陽の光を浴び、農作物に適した土に守られている町ブルネラ。


 ブルネラの若い男たちは主に農耕地での仕事に毎日を費やしていた。農作物の管理や酪農、水路の管理まで、その仕事は多岐に渡った。今日も男たちは各々持ち場に着き、汗水を流している。ここブルネラでの穀物、果実などすべての食糧は、自給自足で賄っていた。農作業はまさに「作業」だ。


 ブルネラの町の機能は素晴らしく分担連携されていたが、分担されているからこそ、その単純さや反復性も存在した。そんな畑仕事に嫌気が差したのか、森に程近い小高い丘に身を隠すように三人の若者が川の字に寝転がっていた。


 どうやら三人は仕事をサボっているようだった。


「グシャン! アロガン! カウアド! あいつらまたさぼりやがって! どこに行きやがった!」


 遠方で町の男たちのまとめ役であるグランドの苛立った声がする。


「あぁ……。またおれたちのこと探してるよ。大丈夫かな」


 心配気にカウアドは起き上がり辺りを見回した。


「ほっときゃいいよ。毎日毎日同じことばかりで、たまには心の洗濯も必要だぜ」


 グシャンはさも当然の権利だというようにまったく気にしない。


「面倒くせーのな! グランドのやつ。仕事したきゃしたいやつにやらせればいいのに」


 アロガンが傲慢な態度で文句を言う。


 三人は不真面目で仕事をよくサボり、その理由を正当化する言い訳ばかりを考えていた。


 言い訳を考えるのはいつもグシャンだったので、アロガンとカウアドはグシャンに一目置いていた。


 アロガンはいつも強気で不平が多いが、最も腕っぷしが強く素直でまっすぐだった。喧嘩では負けない。


 カウアドは臆病なところがあったが、慎重でよく問題を考えて迂回策を提案したので、面倒なことが苦手なアロガンとグシャンは、カウアドを便利に思っていた。


「グランドに見つかる前に森にでも身を隠すか?」


 カウアドは隠れ場所を探そうと森に目をやる。


「ん?」


 何者かが森に入っていくように見えた。


「おい……今、子どもたちが森に入っていかなかったか?」


 アロガンとグシャンが面倒くさそうに起き上がり森を見たが、人影など見えない。


「カウアド、目大丈夫かよ?そんなおれたち以上に不真面目なやつがいるはずないだろ」


 そう言うとアロガンは再び寝転がる。


「いや、こいつは使えるかもな?」


 グシャンがまた何か思いついたようだ。


「何に?」寝転んだままアロガンが聞く。

「おれたちが仕事をサボる口実だよ。ほら、森に行くぞ」


 グシャンがニヤリとして面倒がるアロガンを起こし、丘を降りて森へ向かった。


 森の中に入るとグシャンは思いっきり背伸びをし、どこで昼寝を楽しもうかと辺りを見渡している。


「おぃ!」と突然カウアドが二人の動きを止め、静かにと言うようなジェスチャーをした。三人が耳を澄ますと微かだが話し声が聞こえたような気がする。


「まさか本当に誰かいるのか?」


 グシャンがそう言ったとき、再び森の奥の方で、誰かを呼ぶはっきりした声が聞こえた。


「向こうの方で聞こえたぞ!」


 カウアドの合図で、三人は声がした方向に向かって走り出した。


「ああ! クソ! なんて走りにくいんだ!」カウアドが文句を言っている。

「いたぞ! あそこだ!」とグシャンが叫んだ。


 グシャンが指し示す茂みの向こうに、人間ではない者たちの姿が見えた。ちらりと振りむいたそいつの顔から長い舌がビョロリと伸びる、その風貌を遠目に見てカウアドが怖気づく。


「おい! 子どもたちじゃないぞ! 異種族だ!」


 異種族を必死に追う三人。木の根や蔦に何度も躓きそうになりながらも執拗に追いかける。

 すると逃げていた異種族の一匹が突然走るのを止めた。


「やっと追いついたぞ! 観念しろ!」


 アロガンが威勢よく追い詰めると、振り返って対峙したのは……黒いスーツを着込んだ緑のカエルだった。平気な顔をして何やら語ってくる。


「あぁ、諸君、聞いてくれ。我々は君たちに危害を加えるつもりなどない。だからこのまま穏便に森の外へ逃がしてくれないだろうか?」

「いや、駄目だ! この森はおれたちの森だ。勝手に侵入したおまえたちをおれたちは逃がしたりしない。仲間を呼んで仕返しに来るかも知れないしな!」


 アロガンが黒スーツの異種族に詰め寄る。 


「これは呆れた! いやいや、我々はそんなことは絶対にしない。このエルセトラに誓おう」

「駄目だ! 信用できない! 捕まえて町長の前に出してやる!」


 アロガンがさらに強気に続けると、カエルはひるがえって再び逃げ始めた。


「お、おぃ。深追いするのは危険なんじゃないか?」


 カウアドはびくついて二人を見た。


「あんな弱そうなやつら楽勝だ!」


 アロガンは言うよりも早く、マッシュたちを追いかけている。


「あいつらを捕まえれば、おれたちは町の英雄だ! カウアド! ほら! 行くぞ!」


 グシャンがこれは思わぬ収穫だとでも言うように、意気揚々とカウアドに檄げきを飛ばした。


 グシャン、アロガン、カウアドの三人は、森の茂みを払いのけるように駆け抜けながら異種族を夢中で追った。気がつくとすでに森を抜け農耕地に出て来ている。スタミナは切れかかっていた。


 広い農地のあちこちで、町の仲間が農作業に精を出している。

 グシャンは自分たちの発見を、敢えて仲間に吹聴するかのように右に左に叫んだ。


「異種族だ! 異種族が出たぞ!」


 農地のあちこちでザワザワとした声が上がり始めた。黒いスーツを着た緑色のぬめぬめとしたカエルと、木の鳥、異世界の少女が農地のど真ん中を走り抜けていく。


 その姿を目撃して腰を抜かす者や、異種族を追い始める者が現れた。追う連中の数が増えていく。


「おい!」


 駆けるグシャンたちの後方からグランドの声がした。状況がまだよくわかっていない様子のグランドが、グシャンたちに走りながら呼びかける。


「おまえたち! 何をしていたんだ?」

「あぁ! グランドさん! おれらは森に侵入した異種族を見つけたので捕らえようと必死で追っていました!」


 グシャンが息を切らしながら報告する。


「あいつらです!」


 グシャンの指す方向に三つの影を確認する。その怪しい姿は明らかに異種族だ。彼らが向かっている先にはブルネラの町がある。


「なんだって! わかった! 追うぞ! 続ける者は続け!」


 グランドを先頭にして町の男たちがさらに異種族を追った。


「異種族め! どこへ行った!?」


 町に逃げ込んだ異種族を、町の男たちは見失った。


「隅々まで探せ! 町民には外へ出るなと伝えろ」


 捜索は日が暮れても続けられたが、その日ついに見つけることはできなかった。


 町の家々の窓から夜の灯が見える。噴水広場は今はひっそりとしていた。

 指示を出していたグランドが男たちが疲れて来ているのを見て、追手に参じていた皆を噴水広皆に集めた。


「町に侵入した異種族は三匹だ! やつらはまだ町に潜んでいる可能性もあるが、いつまでも隠れていられるとも思えない。既に町から出ていった可能性もある。いずれにせよ各々警戒はしておくように! 何かあったらすぐに私まで報告を忘れるな!」


 グランドが解散を告げた。


 町の男たちが散っていく中、グシャンが帰ろうとするグランドに近寄っていった。


「グランドさん、おれたちは明日も引き続きあいつらを探すよ。おれたちは森であいつらを見つけたんだから、きっと森に手掛かりがあるはずだ」


 町から出たのなら追う必要はない。グランドはその要求を退けようとした。


「相手は得体の知れない異種族なのだから深追いするのは危険だ」

「大丈夫だ。おれたちに任せてくれよ」アロガンが自信を覗かせている。


 カウアドは不安そうに事の成り行きを見守った。

 黙って考えている風のグランドにグシャンがもう一言つけ足した。


「町の皆に何かあってからじゃ、町を守る男として申し訳ないんだ」


 グランドはグシャンたちの町を思う気持ちを汲むべきだろうと判断し「絶対に無理はするなよ」と言い残してその場を去った。


 グシャンたちがグランドの後ろ姿が小さくなるまで見送る。


「へ! 楽勝さ! おれたちであいつらを捕まえれば、おれたちはこの町の英雄だぜ!」


 グシャンはそればかりだ。


「グランドばかりにボス面されるのも気に食わないしな」とアロガンも続く。


「やっぱりやめておかないか?」

 カウアドが二人に遠慮がちに言うものの、二人は聞く耳を持たない。


 月が昇る頃各々家に帰り着き、翌朝再び森の前に集まった。


 グシャンたちが森を捜索し始めるが一向に見つかる気配もない。森に入れば簡単に見つけられるだろうと高を括っていたが当てが外れたようだ。


 当てもなく森をぶらぶらとさ迷い歩くと、やがて森を抜けでかい岩の転がる岩場に出てしまった。


「クソ! やっぱりもう町から逃げたのかな?」


 グシャンがそう言って、一際でかい白い岩に寄りかかった。


「お、おぃ……」


 カウアドが怯えた顔で、グシャンの斜め後方を指さして言葉を震わせている。


「なんだよ」と言いながらグシャンが振り返ると、巨大な白クジラの頭部が目に飛び込んできた。グシャンが寄りかかっていたのは白い巨大な異種族のクジラだった。今は深く眠っているようだった。


「マジかよ……」


 アロガンが思わず口をついた。グシャンの目には、好奇と期待の色が一瞬浮かんだがすぐに消えた。願ってもなかった獲物だが、目を覚ましたらとても自分たちだけでは手に負えない。そう判断してグシャンが声を落として言った。


「おいカウアド……。大至急グランドを呼んでこい」

「わかった」


 カウアドが町へ走った。





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