第28話

 ある日政府から重大発表が行われる。それは子育て・教育に関わる行政を国が直接統治・管理するというもの。その理由として、このまま少子高齢化が進むことにより近年国家運営が危ぶまれる深刻な事態が発生することがAIの未来予測によって明らかになった為。その後一斉にマスコミが特集を組み、あらゆる角度からその検証を行うが、結論としては政府発表が大方正しく、国民は今から備えておかないと自身の生活すら危うくなる可能性があると。マスコミの論調がややもすると悲観的に流れたことで、市民の間には「子どもを国家によって奪われるのではないか」という憶測まで流布するようになる。一方で或る識者は「今こそ思い切った家族計画の実施を」と呼び掛け、地方行政から「これ以上母子家庭増加を促すような挑発言論は謹んでほしい」とのツッコミを入れられる。

「本当のところはどうなんだね、Sさん」

 Mは久し振りに会った青年官僚Sに質問してみる。

「公式発表はおそらくされないでしょうから、他言無用でお願いします」

 Sは如才なく前置きする。「今後10年の間に私たち人類の生殖機能がストップします」

「ん?どういうことだ?」

「正直私にもよく分かりません。AIがはじき出した予測です。実はこの5年間に出生した新生児の生殖機能障害が多数報告されていました。それで厚労省が調査した結果、成人においてはさらにその兆候が見られることが分かりました。所謂不妊症調査においてです」

「では、水面下では?」

「かねてからの少子化傾向とZNAにより目立たなかっただけなのかも知れません」「『ZONBA』との関連は?」

「今のところ」

「そうか…。それで政府は今後具体的にどうするつもりなんだ?巷には動揺が見られるぞ。事が子どものことともあって」

「分かっています。新政府内でも混乱が見られます。何しろ前政権が宿題を山積みにしたままでの退陣でしたので、此処にきて新たな問題、それも国家運営の根幹の問題ともなると」

「だからこそ君たち優秀な官僚の出番だろう」

「買い被ってもらっては困ります。私たちは国政の運営スタッフに過ぎません。それも最近ではAIが口を挟んできますからそろそろお役御免かも。もちろんやるべきことには全力で取り組みますが」

「随分物分かりがいいな」

「それだけが取り柄ですから」Sは苦笑を浮かべる。Mが続ける。

「しかし、治療方面の対策はないのかね?」

「厚労省サイドも検討中ですが、それでなくても国家財政は100年先まで赤字が見込まれてるんです。ここで下手に希望的観測を出せばそれこそパニックが起きます」

「極端だ。事態の進み方が極端過ぎる」

「博士。一度会ってお話したかったことがあるんです」

「何だね?」

「博士の研究なさっている有機電脳には『死』はあり得ますか?」

 Sのその唐突な質問にMは密かに動揺する。

「今のところ想定しない。何故かね?」

「いえ、私たち個人にはやがてその全ての者に『死』が訪れます。しかしもしかしたら、人類という種そのものにも『死』という終末があり得るのかも知れないと」

「或る科学者は言っていたな。『人間の個体なんて、DNAを運ぶ入れ物でしかない』と」

「随分冷めた表現ですね。博士はそれについてどう思われますか?」

「間違ってはいないと思う。しかしあまりにも個の要素を軽視しているな」

「同感です。ただ私たちには今現在だけではなく、将来の国家社会についても責任があります。少なくとも未来の国家運営についてどういう青写真を描いていくか」

「なるほど。君は確か今、国立未来予測研究所へ出向中だったな」

「はい。其処へきてこの問題です。私だけではありません。研究者、官僚たちが言っています。『これが本来の種の絶滅の形ではないのか』と」

「そうか。確かに恐竜種の絶滅などは自然環境等、外的要因の影響が大きかった。つまり交通事故のようなものだ。しかし今回の問題は、それに準(なぞら)えるなら癌に罹ったようなものだからな。あるいは寿命そのものかも知れんが」

「博士、黒幕探しはともあれ、ZNAはこの事態への布石に過ぎなかったのだと私は考えます」

「根拠は?」

「…」

「君らしくないな。残された時間がないわけではないだろう。AIはその辺のところは何と言ってるんだ?」

「いえ、何も」

「10年後から先だって、生きている人間はいるだろうがな」

 Mは嘆息する。「実を言うと、私も有機電脳を使ってZNAに関する未来シュミレーションを遂行していたんだ。しかしそのAIすらこの事態には行き着けていなかったようだな。全く、自然の脅威ってものは…」

「博士、私たちは生き急いだと考えるべきでしょうか?」

「なに年寄りのようなことを言ってるんだ。たとえ周りがどうであれ、AIが何と言おうと、君たち若いモンは汗水流して生き延びるんだ。それこそ恥も外聞もなくだ。それでこそ生き物じゃないか」Mは一喝する。

「すみません、なにぶん温室育ちなもので」

「自分で言うな。国破れて山河あり。それでもいいじゃないか。山河があれば人は生きていられる」

「そうですね。有難うございます。今日は博士からその言葉をお聞きできただけで収穫でした」

「頼んだぞ。私も自分の分(ぶ)は全うするつもりだ」

「はい。今、一つの手として細胞学の方から打開策を検討しているところです。幸いZNAにも詳しい研究者が見つかりましたので」

「若いのか?」

「ええ。女性ですが極めて優秀な人材だと推察します」

「結構」

 Sと別れてからMはひとり考える。入れ物…器…。人類がもしDNAの器なら、AIロボットは…。その瞬間、窓から外の景色を眺めていたMは刮目する。青く晴れ渡った空に大きな積乱雲がまるで覆い被さるように突き出ている。その各所の膨らみが、むくむくとうねりの塊となって意識の中にまで迫ってくる。それはまるで、白亜の巨大な脳のように。

 AIロボットは人類の器、なのか。Mは自分の直感に核心を見る。おそらくSもその事を暗に言及していたに違いない。我々人間はすでにこの生身の姿では自分を保てないほど変容してしまったのか。Mは眼前に屹立する天空のオブジェと対峙しながら思う。そしていずれ機械と同化した人類は、一体どんな山河を自分の故郷として眺めるのだろうか?

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