第24話
Wは大学に通っている。親元から通えない距離ではないが、あえて一人暮らしを選んだ。最近では巷で「ZONBA」を見掛けることは稀になった。要因としては「パトロム」の活躍と、行政から市民への「ZONBA」目撃報告の勧奨があると思われる(それには少額の報奨金さえ支払われる)。同時に「ZONBA」の研究データも順調に集まってくるようになった。Wは時折知り合いの先輩学生からそのいくつかを教えてもらう。観察を続けてきたWにとって、その一つ一つはすでに見聞済みのものが多かったが、ある脳生理学者が発表した論文には興味を引かれた。「ZONBA」の脳内分泌について。どうやら彼らは変容後、およそ自然界では考えられない程のドーパミンをその脳内に浸しているらしい。
「つまり 『ZONBA』は、己の『快』を追求し尽くして息絶えるってことなのかな」
その先輩の言葉をWは内心否定する。「快」を追求し尽くすなんてとんでもない。彼らはむしろ麻薬漬け(ジャンキー)にさせられたのだ。その経緯はともあれ、少なくとも称賛されるべきものではない。
Wは苛立っている。自分の研究がいま一つ進展しないせいもあるが、一つに「ZONBA」と直接出会う機会が少なくなってきたこと。観察ノートの中身もこのところは他人からの聞き書きが多くなっている。このまま「ZONBA」の事は一時期の流行疫病として歴史の片隅に記載されるだけになるのか?
Wはブログを始めた。自分がこれまで見てきた「ZONBA」事例を、なるべく事実中心に記載している。そうすればそれを見た同胞たちが何らかの反応を返してくれるに違いないと信じて。実際記事は日々少しずつ集まってきている。Wはそれを読み、自分でその内容を吟味し、検討する。場合によっては送ってきた者にコメントで質問する。しばらくした頃Wの中で何か疼くものがある。報告は全世界から集まってくる。家族が、恋人が、友だち・同僚が、目の前で「ZONBA」に変容していく。その一つ一つの瞬間を当人たちは記憶し、そしてWに発信してくる。それは「悲」の報告(レポート)だ。Wはその一つ一つを家で、学校で、電車の中で、あるいは自転車に乗りながら思い返す。そして不意に彼女は思う。「自分たちには負ける未来しかないのかも知れない」と。そして次の瞬間にはそれを必死に否定する。
何か、何か他に手はあるはずだと…。
AはB子に連絡を取ってみようと思い立つ。いや、相手から返事がなくてもいい。とにかく彼女に、自分の今の気持ちが届いてさえくれたらそれで十分だ。何より自分がまだ物語を書いていること。そして変化してきた自分について。あと、ミツオという訪問者についても。彼女はまだ自分を怒っているだろうか?
自分はあの時、彼女の何を否定してしまったのだろう?いや、それは分かっている。B子の「GAMER」という存在への信念に関してだ。確かに「GAMER」は「ZONBA」ではない。日常に暮らす一般人だ。B子はそれだけ自分が心理的虐待を受けながらも、「GAMER」たちのその人間性を信じたがっているのだ。あの時の自分にはそれが或る種の盲信のように感じられ、そのまま彼女に告げてあのような結果を招くことになった。
「B子さん、お元気ですか?その節はあなたを不愉快にさせるような事を言ってしまい済みませんでした。僕はご覧の通り何とか物語を続けています。もし読んで頂けてたら嬉しいです。そしてまたあなたとお話ができたらと強く願っています」
Aは自分が書いたその短い文章を何度も読み返し、そしてブログの投稿ボタンを押す。ミツオの言う通り、相手は本当は自分が思っているような人間ではないのかも知れない。ネット・コミの世界ではその大半が虚構で構成されている。発信者も受信者も、またやり取りの中身、あるいはその行為そのものもできたら虚構の範疇に入れてしまいたい。そういう思いに溢れている。しかしAはそれを単純に「嘘」とは思わない。むしろその虚構の背後にあるものを想像しつつ、あえて話題にしないのが礼儀とさえ思う。今はそれでいい。誰しも何処かで安心して嘘がつける場所を求めている。その虚構を通じていつしか真実を話せたらと願っている。嘘・虚構を繕うのはその者の弱さだが、同時にそれは本音でもある。自分はエクササイズを続けながら人間の弱さと日々対峙している。その弱さを一旦受け入れた上で一歩前に踏み出すことが何より大切だと今は分かっている。
まず繋がること。AはB子に対してもそう強く願っている。
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