第23話

 青年官僚Sからの情報で、どうやらAIアプリ「P2」は文科省が一旦調査に着手したものの、早い段階で「疑いなし」の結果を出しスルーされた経緯があるらしい。そしてそれにはどうやら内閣府をも含めた裏事情も窺えると。

 Mにはまた別の推測もあった。それは「P2」だけであれほどの生体への変動が起きるのかという一連の疑問についてだ。まだ調査結果は届いていないが、おそらく変容者たちは「P2」のみならず同機種の情報機器を使用していたのではないかということ。つまりそれは、ハード機器とアプリソフトの二重条件から成るトラップ(罠)だったのではないかと。確かにいくらアプリに熱中したところで生体が何らかの影響を受けるまでのレベルには達しない。しかし例えばアニメの激しい光の明滅など、一定の条件が重なった場合情報媒体が心身への悪影響を及ぼすことは一般にも知られている。ならば情報機器に意図的な生体への影響を及ぼさせるような調整・仕掛けが為されてあるとすれば…。Mは想像しかけて一旦それを止める。もしそれが現実なら、これは国家ぐるみの陰謀ということになる(或いはそれ以上の)。しかし何の為に?おそらくそれはすでに内閣を飛び越えたところに端を発しているに違いない。

 Mは一時的に失踪した初期導入型「パトロム」の再調整を同時に行っている。量産型がとりあえず現在まで無事に活動しているなかで、何故初期導入型だけが不具合を起こしたのか。そして謎の画像情報の正体とは。一つ言えるのは、初期型はMが開発した従来の有機電脳AIの基礎部分を踏襲しており、その管理はあくまでAIの自律性を前提としたものだったということ。今回はそれが裏目に出た形だが、本当は初期型「パトロム」たちが何らかの危険を察知し、それぞれに警察機構の管理網から逸脱した…それが真相なのではあるまいか。Mは推測する。


「あれま。何だかこっちのアドバイスはそっちのけって感じだね」

 ミツオのコメントが入る。

「そうでもありませんよ。僕なりに大筋を大事にしてのことです」

「そうかなあ。ま、だったらいいんだけど」

「あの、一つお聞きしたいことがありまして。いいですか?」

「構わないよ。そういうのは大歓迎。何?」

「UFOってあるでしょう?ミツオさんは信じますか?」

「いきなりその手の質問?そうだねえ、いたら楽しいんじゃない。事実自分たちも宇宙人なわけだし、頭から否定するのも無粋な気がするね」

「ああ、なるほど。じゃあ、国家レベルの陰謀説とかは?」

「(苦笑)嫌いじゃないけどね、正直興味はないな。下手に手を出したらこっちが損なわけだし」

「じゃあ、やっぱりあるんですか?そんなこと」

「買い被ってもらったら困るよ。ボクは一介の事業者に過ぎない。世の中の仕組みなんて知る由もないさ。大事なのは、むしろそれをいかに使いこなすかなんだよ」

「そうですか。実は僕が気になっているのは、国家が何か別の巨大な権力からの圧力で自国民を売り渡すことがあるだろうか、ということです。つまり陰謀ですが」

「ああ、そのリアリティってことだね。それはきっとあるよ。て言うか歴史上しょっちゅうじゃないか。国家趨勢に都合の悪いものはその時々で無視され排除されてきたんだ。国だけじゃなく、その他大勢の国民もグルになってさ。それは巨大権力を待つまでもない。正直、何を今更って感じだよ」

「では、ミツオさんにとってこの物語の流れはどうですか?」

「うーん、悪くはないよ。悪くはないけど、で、どうするの?何だかいちいち大仰な感じもするけど」

「上手く言えませんけど、多分これは僕自身の内面の話なんだと思います。人口知能とか、感染病とか、いろんな要素を持ってきてはいますが、結局は僕の中に巣食っている毒を外に出すための道具なんだと思います」

 Aは初めてそのことを言葉にする。瞬間また頭の奥が疼き出す。

「まあ、物語っていうのは多かれ少なかれそういう役割はあるよな」

「そうですね。そしてスマホ・PCを通じて人間が機械に取り込まれていくのも、実際僕が通ってきた道なんです」

「ちょい待ち。ここで懺悔を始めようってのか?相手を間違ってるぞ」

「そんなつもりはありません。ただ貴方は外の世界を知っている人だから」

「馬鹿言っちゃいけないよ。誰も世界なんて知ってる奴はいない。限られたごく一部を見聞きして知ったつもりになってるだけさ。仮に知ったところでこっちはどうすることもできないしな」

「無理ですか?」

「無理かどうかって、一体君はどうしようっていうんだい?世界は所詮器だよ。それぞれの人間が自分に合わせて世界を切り取って生きている。今も昔もそれは変わらない。ただ広けりゃ良いってもんでもないんだよ」

「物語も同じですね」

「そうだ。君はそこから出たいと思うあまり、自分の器を大きく取り過ぎようとしてるんじゃないのか?」

「それとこれとは。でも話の発端が『ZONBA』ですから、やはり」

「君さ、『GAMER』っていう人種が何か特別なものだと思ってるだろ」

 え?Aはその問いかけに虚を突かれる。

「そんな連中、どこにでもいるんだよ。社会が前より綺麗になっちゃったんで、そういう小汚い奴が目立つようになっただけさ。それに較べたら、『ZONBA』ってのはいかにも大袈裟だな。それにセンチメンタルだ」

「いけませんか?」

「センチメンタルは自己陶酔だよ。何も生み出さない」

「でも、物語そのものが何も生み出さないのでは?」

「目に見える形ではね。しかし物語は一つの大きな記憶なんだ。そこに何を見い出すかは触れる側の人間に掛かっている」

「記憶ですか。僕は何の記憶を紡いでいるのでしょう?」

「余計なことは考えないことだ。蚕が一心不乱に繭を巻くように、君はまず深いところに降りていかなければならない。全ては繋がっているんだ」

「前から気になっていたんですが、ミツオさんは物語を書かないんですか?」

「(笑)荷が重いんだよ。それにボクには別に仕事がある。残念ながら今は無理だ」「それで僕のブログに目をつけたんですね」

「まあね。でも特別君の話が面白かったわけじゃない。ていうかむしろ逆だね。ツッコミ処満載って感じ」

「じゃあ、どうして?」

「そうだなあ。最初はホラ、あの例の女の子とのやり取りが面白かったんだよ。何言ってんだ、お前らって。いかにも世間知らずの男女が、これまたつまんない、どうでもいい話をしながら物語を作ろうとしている。それがいつの間にか羨ましくなったのかも知れない」

「僕らのことが?」

「ある種の気まぐれかも知れないけどね。しかしボクはそういうのも割と大事にするタイプなんだ。他人(ひと)からどう言われようと。君の物語には読む者の何かを研ぎ澄まさせるものがある。ボクが君に要求しているのは、それを中断させるような余計なオプションを付けるなってことさ」

「でも僕には、とりあえず話を最後まで追ってみるしか術はありませんので」

「分かっているよ。だからこうして貴重な時間を割いて君と駄弁ってるんじゃないか」

「そう言われると何か責任を感じますね」

「やれやれ、つくづく君はお人好しだな。他人が好きでやってることだ。放っておきゃいい」

「もちろん、そうですが…。ミツオさんはB子さんのことをどう思いますか?」

「別に。彼女は君以上にお人好しだとは思うけどね」

「僕はそのことで彼女に良くないことが起きそうな気がして」

「全くいい気なものだ。ネットの中でのことだろ。相手がどういう人間かも本当は分からないんだぜ(もしかしたら女ですらないかも知れない)。それでも君はそう思うかい?」

「考えたこともありませんでしたが、でももしそうだとしてもやはり気にはなります」

「君を見てるとさ、確かにAIモバイルと人間が融合するってフィクションも、何だか信じてみたくなるね。哀れさすら感じるよ」

「褒め言葉として聞いておきます」

「好きにしろ」

 Aはいささか疲れている。さきほどB子の話題を振ったが、実際彼女のことを思い出すのはほとんどなくなっている。それでもたまに思い起こすのは、毎日の繰り事に汗をかく不意の刹那においてくらいだ。それ以外は自分でも可笑しいほど日常と云う枠を守り通している。最近では自分でもほとんどそれらの作業に飽いていることは自覚している。が、不思議と中断することにも強い抵抗を感じる。「継続は力なり」とは言うが、本当は呪いではないのか。Aは自虐の笑みを浮かべる。人間は日夜、何か呪いの中で暮らすしかない、業の深い生き物であるに違いない。そしてその業を重ねることで、人知れず自分の運命に殉じていくのだ。

 それに…。Aは考える。

 僕はまだ他に、何か別の呪いを纏っているような気がしてならない。

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