第21話

「何ですか、その要件とは?」

「通信による管理機能の有無です」

「どういうことです?もっと詳しい情報を下さい」

 Mはいささかうんざりした心持ちになる。

「今回一時的に失踪状態になった『パトロム』は導入第零期の機種、つまり現在の管理ネットワークから除外されていた分でした。私から言わせてもらえば、AI『アダム』の機能を最も忠実に稼働させているタイプです。ところがその導入プロトタイプの彼らが行方不明になった。しかしそれは巷や関係省庁内で評されるような理由からではなかったのです」

「M博士。今はその議論は後回しにしましょう」警察庁担当者が固い表情で言う。それを受けて今度は文科省が手を挙げる。

「それで、一連のパトロム失踪事案から推測される『ZONBA』変容の原因とは?」

「先程も上がっていたでしょう」Mは表情を強張らせる。「おそらくPC・モバイル等を使ったウイルス感染です」

「はあ?」一同の表情は、それぞれにこれ以上ないくらい間抜けたものに変わる。そして間もなく、今度は俄かに失笑を交えた虚脱感がそこかしこに漂う。

「博士。ウイルスって、コンピューターのでしょ。それが人間の生体にどう影響を与えるっていうんです?」TVでもよく見掛ける著名な医学博士がここぞとばかりにツッコミを入れる。

「私がいつコンピューター・ウイルスと言いました?ウイルスとはれっきとした病理ウイルスのことです」

「しかしですな、病理ウイルスが感染しますか?情報機器を媒介として」その本日二度目の問いかけに一同の注意がMに集中する。

「私が言っているのはまだ可能性の問題です。しかし今のところそれしか考えられない」

 すると医学博士がこれ見よがしにため息をつく。「困りましたな。これじゃまるでオカルトだ。私の出番はなさそうですからここいら辺で退席させてもらいますよ。時間の浪費だ」

「あ、ちょっと。ナガトモ先生」慌てて担当官僚がその後ろ姿を追いかけ、本人共々部屋を出ていく。広い会議室の中には白々しい空気だけが残る。そこで最初の解剖学者が口を開く。

「私たちは子どもっぽい事はしたくありませんので、もう少し納得のいく説明をしていただけませんか?他の方でも結構ですが」

 Mが引き続き発言する。「一時期とあるネットアプリが『ZONBA』の変容原因ではないかと騒がれたことがありました。私もその段階では単なる噂、都市伝説の類に過ぎないと考えていました。しかしある時私はAI『アダム』にそのアプリを試させてみたのです。すると『アダム』が興味深い現象を起こし始めました。それは思考のループ現象と呼ばれるものです。簡単に言えば、与えられた課題に反応しながらも、学習機能が働かないお陰で半ば人間の強迫神経症に近い繰り返し行動を始めるということです」

「いやいやいや、博士。めったなことを言ってもらっては困りますよ。今現在どれだけの警護ロボットが日本中で稼働していると思うんです?社会不安を煽るだけですよ」警察事務次官が割って入る。

「今私は『パトロム』の話をしているのではない。あくまで有機電脳型ロボット『アダム』での実験報告だ。それとも何か、あなたたちの方で思い当たることでもあるのですかな?」

 Mはじっとそのつるんとした上級官僚の顔を凝視する。

「今やスマホをはじめとして情報機器は人間の脳の肩代わりを始めている。つまり電脳化です。あなたたち政府関係者が経済界の思惑に乗っていい加減な規制をしたお陰で、今や巷にはミニAIと化した機器がそれこそ人間と同化寸前の状況にある。今回はその裏をかかれたと言っていいと思います」

「そんな、SF映画ではあるまいし…」

 別の研究者がそう言いかけると、「いや。私もこの歳になってみると、今や日常がSF世界そのものだよ」

 老学者がまた応えた。Mは頷く。「変容のメカニズムはともかく、国家行政として手を打てるものから取り掛かるしかないのではありませんか?」

「しかし結果の保証はないのでしょう?」

 財務省官僚が呟く。

「国家の一大事と騒いでいるのは君たちではないのかね」

 Mが一喝する。「それともこの期に及んで保身に拘りますか。もしそうなら私は今後一切の協力を辞退させて頂く。何より行政そのものが『ZONBA』化しているようですからな」

「話を整理しましょう」

 そこで部屋の片隅に鎮座していた若い官僚が立ち上がり提案する。初めて見る顔。一同も注目する。「つまりM博士の実験によると、今回の事案打開の有力な説としてネットとそのアプリを介しての何らかの電脳ウイルステロの可能性があること。またそれに対して早急な対策が講じられるべきという意見が提出されました。改めてお聞きします。具体的にはどんな対策が求められますか?」

 するとMは逆に質問する。「問題のアプリの方は一旦調査が終わっているんでしょう?結果はどうだったんです?」

「ところがその資料が文科省から出てこないんです」

 青年官僚は応える。

「何?どういうことだ?」一斉に場がざわめく。

「ということは、そのアプリの再検証から始めなければならんでしょうな、独自に」 

 Mはいつの間にかいなくなっている文科省関係者を目で追う。「それから『ZONBA』化した者たちが所持していたPC機器に何か共通項がないか確かめてみる必要があります。実際の対処はその結果次第ですな」

 Mはその青年官僚に向かって言う。

「分かりました。早速着手致しましょう。引き続き皆さんにもご尽力・ご協力をお願いしたいと思います」

 若者はしおらしく、それでいて堂々と頭を下げる。Mはその一見お坊ちゃん然とした顔を見、ようやく溜飲の下がる思いがする。

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