第19話
都会では「ZONBA」による傷害事件が続いている。「パトロム」の活躍でもその全てを防ぐことはできず、政府内ではやはり「ZONBA」の原因究明が叫ばれている。その学識者会議には何故かMも招聘されている。解剖学者が一通り今までの研究成果を発表し、その変わり映えの無さに早くも場の空気が淀み始めた頃、Mの斜め前に座っていた生理学者が或る発言をする。「先程のE教授のお話では、筋肉の震えはそれが限界を越えると硬直となって現われるということでした。あくまで着想なのですが、『ZONBA』変容は何らかの病的欠落というよりむしろ過剰的神経活動から来ているのではないでしょうか」
Mはそれに質問する。「例えば他の生物でそのような例はありますか?」
「時折世界各地で発生する動物の大量死の中で、やはり原因がはっきりしないものがこの10年急増していたという報告があります。薬害被害でもなく、環境の劇的変化でもない。全く生存に問題ない状況下で突然集団自殺とも取れる行動を鳥類・哺乳類を中心に起こしているらしいのです」
「そこからは私が説明しましょう」今度は動物学者(女性)が手を挙げた。「問題は哺乳類を中心に、というところです。もちろん学会に報告のあった分に限ってのことですから確かなことは言えませんが、種の限界数以外で何か個体数の激減を招くトリガーがあるような気がしてなりません。特に生態系の頂点により近い位置に在るモノたちのなかで」
「しかし、それが今回の『ZONBA』事案とどう結びついているというのです?」
そこで官僚上がりの政治家が口を挟む。「申し訳ありませんが、政府はこれ以上仮説と文明論を戦わせる予算も時間もないんです。早急に何らかの方向性を示して頂かないと、行政は常に待ったなしなんですから」
「いいですか。そんなに結論めいたものを欲しがられるのでしたら、一つ申し上げられることがある」上体を起こしたその学者(情報工学)に皆が顔を向ける。「核一つを取ってみても人類は自分たちの許容量を遥かに超えた量を保有し、いまだにその数で虚勢を張り合っている。あなたたちは机上の空論と笑うかも知れませんが、例えば食べ物を過剰摂取したらどうなります?無論生体はそれを生存の為に貯蔵しようとする。その結果自重で動くことすらできなくなり、そのうち内臓疾患で病に伏す。まるで熟れ過ぎた果実のように」一気にまくし立てた後で学者は一呼吸置く。「ではどう対処すればいいか。簡単なことです。現代の過剰の権化である情報テクノロジーを一旦捨てることだ」
一斉に会場内から失笑が起こる。
「馬鹿らしいと思いますか。そうでしょう。確かに私自身そう思います。しかし最初から極論と即断するところに、この事態の深刻さがあるのではないですか。利便性の呪縛。失うことへの過剰な不安・怖れ。『ZONBA』とはまさにそのなれの果てです。行き場を失くした」
「しかしね、君。今更『欲しがりません、勝つまでは』じゃ困るねえ。実際社会は混乱しとるんだ。君だってこのままでいいと思うわけではないんだろう?」老齢の学者が口火を切る。
「もちろん。だからこそ私はかねてから言っているんです。感染経路は携帯を中心としたIT機器ですと」
「感染するかね、人間が。機械を媒体として」
「人間の脳は電気パルスの通信によってその機能を果たしています。携帯からの電気刺激がそれに悪影響を与えていないとは断言できません」
「確かに言い切れるものではないでしょう。しかしそれでは発病・変容する人口確率の説明が成り立ちません。他に不特定要素が存在しない限り」今度は若い経済学者。「それこそ生体の個人差は考えられんかね?」「同種の場合、生体というものは性別を除きほぼ90%が共通しています。残り10%だけの影響にしてはこの普遍性はどうにも」「やはり説明がつかんか…」
「あの、ちょっとよろしいですか?」Mだ。「一つ気づいたことがあります。先ごろ私が監修した警護ロボット、『パトロム』の失踪事案が立て続けに発生しました。その原因を追及したところマスコミ等で噂されたようなAIの暴走などというものではありませんでした」
「結論からお願いできますか」
「結構。つまり、管理システムの問題ではないかと推測します」
「しかし暴走はあくまで一部だったんだろう?」
「その通りです。そもそも私たちは逆の発想をすべきだったのかも知れません。つまり事態が何故起きているかではなく、何故起きていないのか、と」一瞬会合の場が静寂する。「何なんですか?その要件とは」
Aの指はそこで止まってしまう。頭ではいよいよ話の核心に近づいてきたと思う。流れも悪くない。だが「通信システム」の話になると自分の知識ではいかにも付け焼刃になってしまう。書いては消し、また書いては考えあぐねる。以前の自分だったらもうとっくの昔に諦めているところだろう。近頃は筋トレをしながら毎日願掛けをする。自分の身体を鍛えることで良いアイデアが生まれると祈りを込めるのだ。20分を過ぎた頃からボウダの如く汗が噴き出してくる。規則正しい生活にもすっかり慣れたが、思い返してみると一番つらいのはその変わり映えしない繰り事の継続だ。時々わけもなく「何やってんだ、俺は」と口走る。しかし不思議と止めることもできない。仕方なく「次の区切りまで」と自分に言い聞かせて結局一通りの作業を終えてしまう。ピアノも同じ。練習が進めば進むほど曲自体を楽しむと云う気楽さは失せ、ひたすら反復と継続になる。思わず人間の創造とは呪いのようなものだと思ってしまう。
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