第18話
「ZONBA」たちの出現とその死が様々な社会的変容を引き起こした中で、一番象徴的だったのは生き残った側の死生観とでもいうべきものだ。彼らは一様に自分が「ZONBA」に変容した姿を想像し、また欲望に基づいた新しい名前で呼ばれる元自分という存在について考える。中には「ああ、そういうことか」と人知れず合点(がてん)する者もいる。しかしそういう者たちは多くを語ることはない。所詮はそれが各々(おのおの)自分自身で気づくしか方策がないものだから。自分の生の方向性(パースペクティブ)…。
Wは大学進学を決めた。きっかけは親友の「ZONBA」変容。彼女はWの為にその発病から変容までの短い期間、自分の中に起こりつつある変化について手記を残してくれた。そしてその最後を「Wちゃんはしっかり長生きをして、広々としたこの世界を隅々まで見てきて欲しい」というメッセージで結んだ。Wは以前から興味があった細胞学を志す。
一部の「パトロム」が行方不明になる事件が発生する。GPS機能は消去され、代わりに謎の画像が送り返されてきた。どうやら何か機械の設計図面のようにも見える(その後、彼らは他の「パトロム」によって全て捕獲されたとのこと)。その知らせを聞いて、Mは事態の真相を一人想像する。
「最近、あの子来ないね」突然不思議なコメントが表示された。
「誰のことですか?」Aは一応カマを掛けてみる。
「B子さんだっけ、君の唯一の話相手だよ」
どうやら常連訪問者の一人らしい。傍観者(ギャラリー)。
「だったら事の顛末はご存じでしょう。彼女とはちょっとしたトラブルになって」「うん。ボクは基本的には君の意見に賛成だよ。彼女はいささか感傷的過ぎる」
「そうですか?」Aはあまり良くない相手だと思いつつも何故か会話を切ることができない。
「ボクはずっと君たちの逢瀬を眺めてたんだ。面白かったよ。『GAMER』だっけ?ネーミングセンスはイマイチだけど、確かにそんな奴いるよね。ボクも見たことはある。でも君の迫り方はいかにも性急でストレートだ。あれじゃあ芸がないよ」
「どういうことです?B子さんに対して、ということですか?」
「そう。彼女だって粗方は分かってたと思う。だけど、一方的にRってババアを悪者にしたくなかったんだよ」
「それは、確かに」
「まあ、済んだことを言っても仕方がないけどさ。ところでボクが突然出てきたのはそんなことの為じゃないんだ。君さ、この話ボクに譲ってくれない?」
Aは驚く。「この『ZONBA』の物語をですか?」
「そう。ボクならこの話をもっと面白くすることができる。最近の君の進め方はどうもボクにはまどろっこしくていけない」
「なるほど」
「自覚あり?」
「いえ、もともと出まかせの物語ですから」
「まあそうだろうけどさ。君、本当はこの話終わらせたくないんじゃないの?」
「何故ですか?」
「読んでるとさ、煮詰まってるというよりわざと足踏みしているみたいだ。お話なんだからさ、死んじゃう奴はさっさと殺しちゃえばいいんだよ。生き残る奴はたとえ死んでも甦る。物語ってそんなもんだよ。いちいち哲学的な考察も必要ない。極論言えば地球なんて滅んじゃってもいいんだよ。語り手さえ残っててくれれば」
「それはちょっと無責任じゃありませんか?だいいち貴方は誰なんです?」
「それ聞いても仕方ないだろう。ま、通りがかりのリア充男、『ミツオ君』とでも言っとこうか。ね、どう?話譲ってくれたらそれなりの謝礼を弾んでもいいよ」
「随分不躾な人ですね。正直不愉快です」
「(笑)申し訳ない。人の事はとやかく言えないね、ボクの悪い癖だ。でもそれだけ、君の物語にはキャパシティがあるということなんだよ」
「どういうところがですか?」
「う~ん、それ言っちゃうと手の内半分明かしちゃうようなものだからなあ。まあ、いいか。ボクが一番気に入ってるのはね、『ZONBA』の意味不明なところ。全く現実離れしてるし、収束の目途も立たない。でも逆に言うとシンプル極まりない設定なんだ。要は人が生き急ぐ話だから。そして『ZONBA』以外の人間はそれを指咥えて見てるしかない。これは滑稽だよ。究極の傍観劇だ」
Aはその文面にあんぐりとする。一体何だ、この人は。どうやらある程度知性も財産にも恵まれた者らしいが、その代わり人間らしい感性には難があるらしい。Aは咄嗟に考える。用心した方がいい…。
「済みませんが、ご提案には今のところ応えるつもりはありません。遊びは遊びでも自分で始めた物語ですから、一応ケリは自分でつけたいと思います。もちろんこれからもアイデアや感想は自由に受け付けますが」
「そうか、勿体ないなあ。でもまあ仕方がない。じゃあね」
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