第17話

 気づくとAは物語の登場人物を通して「ZONBA」の真相を追い始めている。そして今度は現実社会のことを思う。もちろん「ZONBA」のような疾病現象は発生していない。人々は普段の日常を継続させ、世界は順繰りに昼夜を繰り返している。平和と云えば平和。しかしAにはその中に暗く拘泥するものを想像せざるを得ない。それは権力者の思惑か、それとも弱者に燻り残る執念か。いや、多分もっと潜在的で時間を懸けたものだ。初めはジメジメと降りしきり、一度はカラカラに乾いて風化し、やがては固い岩盤のように敷き詰まる。そしてその中では誰も見たことがない、怖ろしい雛が孵ろうとしているのではないか。

「GAMER」の実態が知りたくなって、ネットでそれらしい記事を読み漁る。今まで心理系の本を興味本位で読むことはあったが、実際開いてみるとネット上にはいじめ・嫌がらせの体験談から理論的対処法まで多種多様の記事で溢れている。体験・相談ものはそのほとんどが女性の書き込みのようで、年齢に関係なく、職場で、プライベートで、それぞれ修羅場を抱えている様子。パワハラ、モラハラ、アカハラ等、その現場絡みのネーミングは今までも耳にしてはいたが、「GAMER」にはそれらよりもっと加害者と被害者の個人的資質が縺れているような印象を受ける。何より「GAMER」はそもそも場所を選ばない。むしろ場と相手を選ぶ。何故なら自分がその場で確固たる立場(あくまで自己評価)にあり、かつ相手が自分の必要とするような反応(あなたは正しい。私が間違っている)を返してくれるかどうかが「GAMER」には何より重要だから。そして被害者側の問題はその「GAMER」に人としての健全さ(あるいはB子の言う“人間性”)を期待するところ。何故なら被害者自身がまずその健全さと云う自分の生きる指針にがんじがらめになっており(所謂「真面目で誠実」な人)、それを「GAMER」その人にも投影してしまうのだ。そしてそのことが事態をより深刻にしてしまう。

(以下、ネット記事からの引用)殻に籠る人。自分という心地良い殻。しかしやはり卵は孵り続けなければならない。心弱い人は自ら孵ることを怖れ、人にそれを委ね、強制し、あるいは攻撃する。年齢・性別・人種・容姿等とも関係ない(もちろん社会的地位も)。根底にあるのは怖れと囚われ。殻の中でそれを温め始めた者は殻の中が“全て”となる。世界に自分を開こうとしなくなる。そして魂は小さく歪に、逆に欲は惨たらしいほど肥大化する。哀れな「ファット・ベイビー」の出来上がりだ。

「ファット・ベイビー」たちは無愛想だ。また他人の気持ちが分からない。自分の理屈を振り回し、人の話は聴けない。そしてうわべだけの仲間内で集団を作り、大人しい個人をその時の気分でいじめる。本当は普段、その人の親切のお陰で自分たちがどれだけ助かっているかも知らずに。そう、「ファット・ベイビー」たちには想像力と感謝というものがない。真っ当な損得勘定もできない。

 そのうち「ファット・ベイビー」も人知れず苛立ち始める。繰り返される自分の行為の虚しさに。そこで気がつく者はまだ幸運だ。雛に孵りその後成長できるかも知れない。しかし彼らの多くは長年の怖れと囚われの為に、別の生き方を模索することに多大なストレスを抱えてしまう。そしてその結果として更なる深みに嵌っていく。もう誰も、決して掬い上げられぬほどの闇の深淵に。(引用終わり)

 Aは記事を読み続けながら自分の見方が大方合っていたと思う。Rという同僚は正(まさ)しくB子の「健全さ」を餌食にすることで何らかの慰みを自分の中に感じているのだろう。不毛だ。そしてB子にとっては危険極まりない。記事には精神を病み、職場どころか日常生活ですら普通でいられなくなった被害者の例が数多く挙げられている。つまり「GAMER」は相手の人生までも破壊してしまうのだ。それなのに、そこまでして「GAMER」の人間性を庇う必要がどこにあるのか?Aはいま一度B子とのやり取りを思い返し、止むない問いを繰り返す。それこそが、理不尽そのものではないのか?人間性とはB子が言うような健全なものであるとは限らない。むしろ生きていく過程で捻じくれ、ささくれ立ち、およそ健全とは言い難いものに変容しまうこともままあるはずだ。広義で云えばそれすらも含めて人間性であり、むしろB子の言い分は人間の現実から目を背けていると言わざるを得ないのではなかろうか。

 しかし…。Aは同時に思う。B子も本当はそのことに気がついている。ただ、次の心の置き処が見つからないだけで(B子のような人にはそれは混乱そのものだろうから)。自分はそんな彼女の邪気の無さに危うさを感じ、つい気持ちが入り過ぎるのかも知れない。まるで我が事であるかのように…。Aは苦笑する。兎に角、今自分に出来ることは毎日少しずつ物語を書き足し、そしてどうにか終わりを迎えさせること、ただそれだけだ。できればその現実の合わせ鏡として。

 Aは先刻から見ていた心理系サイトのページを閉じかけ、しばしそこで立ち止まる。今自分とB子、あるいは社会を繋いでいるのはこの小さな電気の小窓だけだ。ここには素肌に感じる暑さ寒さはなく、やり取りは一方的に何時でも切ることができる。そしてそこに広がるのは、都合良く切り取られ加工された無限の情報の数々。僕らは更にその端々を寄せ集め、自分なりの現実を日々呟き続けている。

 現実?Aは礑(はた)と思いつく。現実とは、そもそも一体何を指すのだろう?

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