第13話
或る「ZONBA」、ナナの話。元は近くに住む主婦だったらしい。歳は三十くらい。どこかまだ娘のような幼さが窺えるが、目は無残に血走り容易に「ZONBA」と判別できる。彼女は夫と二人暮らしだったが、ここひと月ほどその夫の姿は見えない。妻と同じように「ZONBA」化したか、もしかしたらすでに死んでいるのかも知れない。しかしほとんど近所付き合いがなかったので、誰もこの夫婦に気を掛ける者はいない。
ナナはほぼ毎日近所のパチンコ店に現われる。そしてしばらく店内を徘徊すると平台の前に座りパチンコを始める。その間誰とも喋らず、また表情も変えない。今のところ店の者はその様子を静観しているが、少し前に彼女のことで騒動が起こった。それは彼女が閉店後もその場に居座り続けようとしたからだ。店員が声を掛けてももちろん反応はない。仕方なく警察を呼んで強制退去させようとしたが突然暴れ出した。周りにいた者はひと時パニックになった。まだ「ZONBA」について憶測めいた情報が流布していた頃で、各自自分自身の身を思わず危ぶんだ。ナナは髪と衣服を振り乱したまま自分の席に座り続ける。そしてその充血した目は、先程まで明滅していたパチンコのディスプレイを虚しく追い続けている。
皆が手を拱いていた時、脇から清掃係の初老女がそっと彼女に近づき耳打ちする。「今日はもうおしまい。今度また来ような」するとナナは何かのスウィッチがオンになったかのように、前触れなくすっと立ち上がるとそのまま店から夜の往来へと紛れていく。皆んな唖然としてその背中を見送った。それからというもの彼女はほぼ毎日店にやってきて終日指定席に座り続ける。まるでそれが自分に残された「役目」であるかのように。清掃係の女はそんな彼女の座る台に、今日もそっと一掴みの玉を差し入れる。
「B子さんも一度「ZONBA」の話、書いてみませんか?」
「ええっ?興味はありますけど、出来ますか、私に?」
「遊びでいいんですよ。元々僕も遊びで書いてるんですから」
「でも何を書いたらいいんでしょう?」
「そうですね。B子さんはアイデアマンだから何か新設定を作ってもらうと助かりますね」
「責任重大ですね。でも楽しいかも」
「でしょう?」
「一つAさんに聞きたかったんですけど、いいですか?」
「はい、何でしょう?」
「Aさんは「ZONBA」のこと、不幸だと思いますか?」
「う~ん、難しいですね。あんまり考えたことなかったな。いつか「ZONBA」は死んでいないって書きましたけど、逆に本当に生きてるわけでもないですから幸不幸は測れないと思いますね」
「私はつい彼らに、変貌する前の人間らしさを想像してしまうんだと思います。Aさんにはそんなことはないですか?」
「僕はどちらかというと、彼らを憎悪の対象にしてしまっているんだと思います。元々あった人間性を放擲して欲望の虜となった存在として。でも不思議ですね。今B子さんから言われて初めて、僕の中にも彼らを憎悪の対象としてだけでは捉えられない自分がいるような気がします」
「やっぱり私たちは人間なんだと思います。でも…」
「でも?何か?」
「片方で、それは私たちのロマンティズムに過ぎないのかも知れない。そう思う自分もいるんです。相手に人間性をつい想像するのは自分自身の弱さに他ならないと」「B子さんはRさんのことで自分を責めているのかも知れないですね。《GAMER》の行動の原因がまるで自分にあるかのように」
「…確かに。Aさんはそうではないと?」
「違うと思います。逆に、それはB子さんの驕りではありませんか?」
「驕り?」
「自分のことを棚上げして言わせてもらうと、B子さんには《GAMER》の行動をどうこうできるほどの力はないと思います。でも貴女は心のどこかで自分にはそれがあると思っている。それは違うんじゃないかと僕は思います」
「そんな大それたことは考えていないつもりです。ただ、人間関係は合わせ鏡だと思うんです。私に出来ることは自分の出方を変えることだけですから」
「それにも限界はあります。そもそも《GAMER》には相手の立場を想像する力が欠落してるんです。彼らの問題は全てそこが元凶なんです。相手の出方云々ではありません」
「でも《GAMER》の人だって人間ですよ。「ZONBA」とは違うんですから」
非人間と、元人間…。Aはまた疼き出した頭で考える。
「B子さん。思い返してみて下さい。もし貴女の言うことが本当なら、どうして《GAMER》はB子さんのような気の優しい人ばかりを選ぶんですか(感じ悪い人間なら、他に幾らだっています)?彼らは分かってるんです。目の前にいる者が自分にとって獲物になり得るかどうかを」
「申し上げにくいことですが、私にはAさんがあまりにも相手を一括りにし過ぎているように思われます。Rさんのことは確かに私の身に余ることかも知れませんが、実際私にできることは自分の身の振り方をどうするかだけです。Rさんを自分の思うように操作しようなんて考えてはいません」
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