第12話

「私、猫になりたいって思うことがあります。羨ましいですよね。そこにいるだけで存在自体が許されてるって感じで」

「僕はペットを飼ってないんですが、やっぱり可愛いですか?」

「そうですね。場合によっては家族以上の親近感を感じることもあります。特に何かをしてくれるわけではないんですけど、彼らが良いのは自分にとって何が一番心地良いかを追求してるってことです。それ以外には目もくれず。だから逆にあくせくしてないんでしょうね」

「ああ、そういうことですか」そういえば昔、ウチにも年寄りの猫がいた。なんとなく分かる気はする。「そのうち僕ら人間はAIのペットになってしまうかも知れませんね」

「???」

「今はまだ僕らとAIは持ちつ持たれつの関係だと思うんです。でもそのうちAIの方が僕らを利用するようになるかも知れない。『マトリックス』並みにエグいものになるかどうかは分かりませんけど、僕ら人間は彼らの耳目となり、手足となり下がってしまうかも」

「どういう訳で?」

「多分人間が目的を与えてしまったんだと思います。そしてAIはそれを更新することまで学んでしまう」

「自分で課題を創造するということですか?でもその為には方向性がなければいけないのでは?」

「それは簡単です。人間を観察していればAIはすぐに気づくでしょう。人間はすべて自己保存の為に機能していると。人によってそのレベルが違うだけで」

「何だか一抹の淋しさを感じますが、実際そうかも知れませんね。でもそうなるとAIにその自己保存の在り様をインプットしなければなりませんよね。あ、そうか。それがAIの自我形成ってことになるんですね」

「多分。自我がないことには自己保存の意味を為しませんから」

「でもどうやって?」「う~ん。人間にはものごころがつく瞬間ってあるでしょう?そのメカニズムが鍵なんだと思います」

「Aさんはその瞬間って覚えてますか?エゴ・アウェイキング」

「その瞬間かどうかは分かりませんけど、一番古い記憶は一人で何か絵本を読んでいる様子ですかね。どうもその頃の僕は絵本が好きで繰り返しその本を眺めてたみたいです。内容はほとんど覚えていませんが」確か、何か楽器を弾く子どもが主人公だったような。Aは記憶を辿る。

 B子。「今思いつきましたけど、エゴ・アウェイキングって名前と関連が大きいと思います。赤ちゃんの頃から自分の名前を親に呼ばれつけて、最初は外界のものに目を奪われていたのが或る時そうしている自分自身に気がつく。それが所謂ものごころがつくということではないでしょうか?」

「それだけ知能が育っているということなんでしょう。たとえば葛藤を自覚したり。でもAIに葛藤なんて起こるかなあ」

「試行錯誤と葛藤って違うんですか?」

「多分違うと思います。試行錯誤には苦しさはあれ葛藤はありませんから。言い換えれば葛藤は迷いです。相反する自分の欲求に対しての。AIはおそらく、自己保存ピラミッドにおいての優先順位を即断して、根気強く試行錯誤を続けるだけです。そこに迷いはないと思われます」

「何だか途轍もない努力家なんですね、AIは」B子の文面からは彼女の性格らしい無邪気なため息と微笑が伝わってくるようだ。一方で、Aは先程から頭の片隅に僅かな痛みを覚えている。まるで小さな鈴鳴りのような。

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