第10話
AI「アダム」一体が、今公園横を歩いている。警護巡回ロボ「パトロム」だ。Wはその姿をじっと観察する。外観は既存の介護ロボットに似て丸みを帯びたデザイン。普通にもう一人の警官と共に周囲に巡視の目を配っている。こんな田舎にまで「パトロム」が導入されるようになったのか…。若いWでさえ隔世の感を否めない。確かに学校では休学者が少しずつ増えている。町でも「ZONBA」が騒動を起こす事件がすでに何件か起きているらしい。今のところ人々への危害はないとのことだが、やはり小さい子どもがいる家庭では外出を極力させなくなっていて、だからこの公園も以前よりは随分閑散としている。Wはベンチに座って缶ジュースを飲んでいる。そしてそれを飲み終えると、1メートルほど離れたゴミ箱を狙ってそれを放った。すると鉄製の縁に当たり、缶は音を立てて外に落ちてしまう。その瞬間Wは見た。柵向こうを歩いていた「パトロム」が自分をじっと監視しているのを。怖いとは思わなかった。ただその視線を感じた。そしてWは立ち上がると缶を拾い、今度は直接ゴミ箱に捨てる。振り向いた時もう「パトロム」はこちらを見てはおらず、先程よりずっと前を決められた速度で進んでいた。
研究者Mの気持ちは複雑だ。長年の苦労が実を結び、自分の研究成果がそこかしこで見掛けられるようになったことは確かに喜ばしい限りのことだが、しかしその一方で、AI搭載ロボ「パトロム」の登場は一部で監視社会到来の予兆と殊更に批判される傾向も強い。実際M自身にとっても「パトロム」は愛しい存在でありながら早々気を許せるものではない。というのも最終段階の調整に自らが参加できなかったからだ。あまりにも実務配備への段取りが速過ぎた為、各省庁の役人との会合に追われ、調整の方は警察と大学のプロジェクトチームに一任するしかなかった。初めて「パトロム」の容姿を見た時、Mは見慣れた「アダム」が自分の元から遠ざかっていくのを感じた。その時は一時(いっとき)の感傷だと自分でも苦笑いしたが、導入から半年が過ぎる頃から別の余所余所しさを「パトロム」に感じるようになった。事実「パトロム」の機能は警察業務の範囲内に限定され、その分Mが追求してきた有機性は削られている。また部分的には過度とも取れるセンサー機能が装備され、謂わば監視メカとしての物々しさを周囲に放っている。現内閣の節操の無さを鑑みるに、そのうち武器携帯が進言されるのも時間の問題となるだろう。そうなれば「パトロム」はいづれ兵器としてのバージョンアップを図られ、より一層遠い存在になるに違いない。Mはすでに動き始めた状況の中で、自分だけがガラス一枚隔てられ、態良く幽閉されているような心持ちになる。
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