第8話
「僕の場合は特に何かがあったわけではないんです。それこそ僕の中で気づかないうちに事態は進行していたんだと思います。そして分かった時はすでに遅かった。僕は閉ざされた世界でしか生きられなくなっていたんです。有り体にいえば『良い子』過ぎたのかも知れません。人のせいにしたくはありませんが、僕こそずっと母親の獲物だったんです」
「それは?」
「多分母親にとって僕は、自分が生きていく為の担保、通行手形みたいなものだったのかも知れません。現に彼女は、僕がこうなってからしばらく大騒ぎした後、今は何事もなかったかのように暮らしています(ほとんど顔を合わすこともありませんが)。後の引き継ぎは年の離れた弟にってことなんでしょうね」
「でも、やっぱり心配はされてるんじゃ?」
「幸い父が公務員なので、『出来の悪い息子一人ぐらい』って算段だと思いますよ。実を言えば僕もどこかで期待していたのかも知れません。『そうは言っても親子だろ、家族だろ』って。でもそれは自分の甘さに他ならないってすぐに気づかされました。以前から感じていた母親の身勝手さは、彼女の限りなく本性に近いところから来ているみたいです。息子の現状より自分の思惑が先なんですから。情けないことですけど」
「私たちはどうすればいいんでしょう?」
「う~ん…身も蓋もない答えかも知れませんが、逃げるしか方法はないと思います。彼ら(「ZONBA」と区別するために「GAMER(ゲーマー)」とでも呼んでおきましょうか)はとにかく獲物が欲しくて仕方がないんです。自分の仕掛けに相手を誘い込みたい、陥れたい。そして自分の道具として支配したい。ただそれだけなんです。だから人の話には耳を貸さないし、間違っても自分の非を認めることはありません。できない、といってもいいでしょう。そうすると丸ごと自分が崩れてしまう。それぐらいの気持ちなのかも知れません」
Aは続ける。「僕は幸い(?)今の状態でいることで、それからは回避できています。ただ心配なのは父親と、まだ高校生の弟のことです」
「そうですか。お二人はどう思ってるんでしょうね?」
「さあ。今はむしろ、僕のことを『厄介者』と思ってるんじゃないですかね(実際そうでしょうから)。弟は中学の時不登校だったのが今はちゃんと高校に行ってますし、多分僕を見て『ヤバい』って悟ったんでしょう。あいつ要領だけは良いですから」
「そうですか…」
「でもいろいろ母親の悪口言いましたけど、僕にとってみれば世の中全体もあんまり変わらないんです。母親みたいな暴君がいて、父親みたいな勤勉さだけの傍観者もいる。弟みたいに這い上がる者もいれば、僕みたいに場外へドロップする者だって。僕も本当はここにいたいんじゃなくて、ただどこも同じだと思ってるだけなのかも知れません」
「じゃあ、これから先はどうしようと?」
「あ、そこ来ますか。ストレートな質問だ」
「すみません、つい。でも興味あります」
「いいですよ、構いません。そうですね、今は全く考えていません。でも最近自分の部屋が、どんどん小さく息苦しくなっている気がするんです(それに合わせて僕自身も)。そのうち卵ぐらいの大きさになって潰れて死んでしまうんじゃないかって」「そんな」
「正直な気持ちです。やっぱりこの状態は異常なんですよ。どんなにインターネットがあっても人間はそれだけで生きていけるわけはないんです。自分でもそれは分かっているつもりなんですが、日に日に心と体が噛み合わなくなっていくみたいで。僕にとってこうやってB子さんと話をすることは、(たとえネットを介してとはいえ)外の世界との残された通風孔であり、自分自身との繋留索(けいりゅうさく)に他ならないんです」
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