第7話
「どうかなあ」Aはしばし考える。近くで、ぶぅんという耳鳴りのような音が聞こえた。「敢えて言えば、ウチの母親は近いですね。まず人の話を聞かない。自分の想像だけで勝手に人を評価する。おまけにあることないこと周囲に言いふらして、問題を更に混乱させる。ホント、嫌がらせかっていうくらいです」
「でも、それで問題は起きないんですか?」
「母親の場合、所謂直接対決にはならないようですね。いざそうなると多分本人は逃げるんだと思います。つまり決着はつけたくないんです。自分の落ち度もはっきりしますから。都合の悪いことに関わる度胸は全くない。息子の僕が言うのもなんですけど」
「分かる気がします。一度私もRさんと直接この事について話をしょうとしたことがあるんです。時間も場所も用意して。そうしたら直前になってキャンセルされました。あれだけ私には『物事は明確にするように』って要求するのに、自分はいざとなると逃げるんだなってその時思いました。でもそれ以降、またこちらへの対応が空々しくなりましたね。私も頭では分かっているんですけどだんだん気が滅入ってしまって。遂には『この人、どこかおかしいんじゃないか?』って」
「ウチの母親も職場でいろいろ迷惑をかけてるみたいです(もちろん本人の自覚なし)。僕は自分が就職してからはじめて、母親みたいな人がよく社会でやっていけてるなって改めて思うようになりました。一言でいえば『わがまま』なんですよ。でもゴネることで周りの方が根負けしちゃうんですね。実際理屈で話ができる相手ではありませんから。職場の場合これってやたら悪影響あるし、経済的な損失も大きいのに誰も何も言えない。やっぱり或る種の魔物なんですよ」
「あの…、ひょっとしたら「ZONBA」って?」
「そうですね。元々は母親にムカついて考え出したキャラクターだったんだと思います。今では完全に別物になっちゃいましたけど」
「「ZONBA」は自我(エゴ)を棄ててしまった存在ですよね。私の上司は良くも悪くもエゴの塊のような気がしますけど」
「それは微妙なところですね。僕もよく分かっていないんです。現に僕自身自分の周りに壁を作って抜け出せないでいるんですから。でも本当のエゴってそんなものじゃない気がします。エゴは気づき、センスなんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「説明は難しいですね。つまり…僕らは自分自身のことも本当はよく分かっていない。あるいはずっと分からないままかも知れない。人間は変わり続けますから。頼りになるのは刻一刻の生感覚と、その積み重ねである記憶だと思うんです」
「つまりエゴそのものには罪はないということですね」
「多分。大事なのは自分の中に在る多様性に気づき、それを調整することだと思います。僕の母親を見ていると時々動物じみて見えることがあるんです。『ああ、この人はまだ弱肉強食の世界の方が合ってるんだな』って(普段から勝ち負けにやたらとこだわるし)。頭の中“野生の王国”なんですよ、きっと」
「じゃあ、私は真っ先に獲物ですね。武器も何も持たない、いかにも非力な生き物ですから」
「ですからそういうタイプの人に周りが近づきたがらないのは謂わば動物的本能なんですよ。自分の身を守るための」
「よく分かります。でも私はそう思い切れなくてかえって状況を悪くしているのかも知れませんね」
「B子さんは優しいんですよ。そしてそれを今日まで保っていられたということは、それだけ自分も気づいていない強さがあるということではないですか」
「そうでしょうか」
「僕はそれが折れてしまった。ポキンと乾いた音を立てて、ある日突然、僕の天地の支えは用を為さなくなってしまったんです」
「Aさんのこと、良かったらもう少し聞かせてもらえませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます