第6話

「ZONBA」の元と噂されるアプリ「P2」は規制を掻い潜って蔓延していく。しかしその中で「P2」を体験しながらも「ZONBA」にならない者も現われる。その者たちへのインタビュー記事が集まってくる。彼らは「P2」が要求する『汝の名を捧げよ』の命(めい)に偽名を差し出したという。そして異口同音に彼らはコメントする。「アプリなんて所詮遊びだから」しかし実際「ZONBA」は世界に跋扈している。彼らにはそれすらも何かの戯れにしか映らないのだろうか?それともこの現代社会では、何かをひたむきに追い求めること自体、禁忌されうるものになってしまったのだろうか?

 一方「ZONBA」を研究する者が現れる。研究とはいっても彼女(W)はまだ高校生。身の周りで見掛ける「ZONBA」たちをひたすら観察し、それを日誌に書いている。Wの周りの「ZONBA」にはあまり凶暴性を発揮する者はいない(地域性もあるだろう)。彼女はまるで風景の一部、あるいは植物を眺めるかのように少し距離を保ちながら根気良く観察を続ける。

 Wが最初に気がついたのは、彼らが決して不幸そうには見えないこと。確かにその者らの家族の立場に立てば、それは悲惨そのものと言えるだろう(現に、要介護の老人一人を除いて、一家全員が「ZONBA」になっていた例など)。しかしWには世間一般に取り沙汰される「ZONBA」の凶暴性の他に、各々(おのおの)様々な特徴が見られる気がしてならない。Wには音楽マニアの父親の言葉が的を得ていると思われる。『彼らはまるで傷の入ったレコードだ。盤の大きさもジャンルもそれぞれだが、皆んな曲の同じところを延々なぞり続ける』。そうだ。彼らはループしている。そのループそのものが彼らの生(い)き様(ざま)となってしまったのだ。その姿はやはり哀れでもの悲しく、そして時に滑稽で愛おしい。都会では凶暴性を示す「ZONBA」は速やかに捕獲され一時の治安を維持しているようだが、それもいつまで続くかは誰にも分からない。

それとは別に、気になるニュースが話題となっている。長く研究が取り沙汰されていたAI搭載型ロボット「アダム」がついに量産体制に入るとのこと。そして各地の治安警護の任に配置され、つまりは国家の警察行政に正式配備されるらしい。今のところ武器携帯は想定されていないようだが、状況次第ではその可能性は十分にあり、また当然ハッキングの危険性も否めない。それに名目は「ZONBA」対策とはいえ、下手をすると国民生活を根底から改変させる事態に地滑りしかねない等、その後各種メディアは殊更に悲観的な論調を崩していない。一方一部の専門家の間で危惧されているのは、「アダム」の中でego awaking(自我覚醒)が起こる可能性。そうなった場合、量産された「アダム」たちの中で突如として混乱が起こることは容易に想像できる。それは一般市民にとって、或いは「ZONBA」以上の脅威となるかも知れない。

 

 Aは想像する。人間が「ZONBA」に変化(へんげ)し、やがて死に絶えた世界を。そこでは進化・成長するAIロボットが次なる世界を築き上げようとしている。強靭なメタルボディと卓越した電脳を以って。しかし結局それは人類歴史の焼き直しに過ぎないのではないか。「ビッグブレイン(B・B)」【通称:べベ】はどうなったのだろう?人間記憶の総体。彼女は時折AIロボットたちに夢を発信する。かつて人間が生活した記憶をイメージとして。それは警告であり、時に慰めでもある。やがて自我を持ったAIロボットたちが争いを始めた時、おそらく「B・B」を巡る戦争にも発展しかねない。AI世界はそれを乗り越えられるだろうか?

「まるで叙事詩を読んでいるようですね」B子は書いてきた。「自我と集団、自我と生感覚、自我と超自我…。よく分かりませんが、AIロボットたちが抱える問題は、まるで私たち人間の宿命そのものに思えてきます。だとしたら乗り越えていくしか方法はないのかも知れませんね」

「B子さんの方はいかがですか?その意地悪な上司(?)の人は相変わらずですか?」

「そうですね。あまり変わりはないというか、むしろ最近私が慣れてきたことに苛立っているようにも見えます。(仮にRさんとしておきますが)彼女を見ているとだんだん不思議な気分になってくるんです。彼女が一体何を目的としているのか分からなくて。ある時はものすごく強気で押していたかと思うと、急に勢いがなくなって気がついたら全然別のことを言っている。慣れないうちは彼女のその取り留めの無さにただもう無闇に振り回されていました。確かに彼女には真面目で優秀な面はあるとは思います。自宅では良いお母さんであり奥さんなのでしょう。でも、何かが決定的に足りないのです。社会性…論理性…自律性…、ちょっと言葉では上手く言えませんが、一つ確かなのは常にどこか不安定で、何かをずっと怖れているように見えることです。だから毎日のように私に対して不機嫌で苛立っているんだと思います」

 AはB子の告白に反応する。「他にRさんの被害に遭っている人は?」

「耐えきれずに辞めていった人は大勢いるようです。一度部所でも問題になって課長から注意されたことがあるらしいんですが、彼女は絶対に自分の非を認めないんです。逆に感情むき出しにしてその上役にまで向かっていったと聞きました」

「所謂逆ギレですね。そんなことしたら自分の立場が危うくなるだろうに、スゴいな」

「普通はそう考えると思います。Rさんは一旦スイッチが入ると見境が無くなるというか…。結局課長も揉め事を起こすより保留状態にしてしまったようです。下手にRさんに恨まれて何かしでかされたら困るとでも思ったのでしょうか」

「日本的だな。でも本当にすごい人ですね、そこまでするRさんて」

「Aさんはこんな人に会った体験はありませんか?」

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