第4話

 B子からのコメントを見たのは翌日のすでに夕方だった。どうやら朝には書き込みがあったらしい。Aはまだ半分眠ったような、けだるい頭でそれを読む。いつの間にか昨夜のコーラのペットボトルが空になっている。

「お便り、有難うございました。突然の終了宣言に驚きました。正直淋しい気持ちでいっぱいですが、Aさんに無理は言えないと思いました。なぜならAさんは、私への礼儀として自分のことを正直に話して下さったからです。私にとってこれ以上の励まし、感謝はありません。

 実は私はある店舗で接客・販売の仕事をしていますが、同じ職場の先輩から半年以上「いじめ」を受けています。最初は仕事上の厳しさだと自分でも納得していましたが、時が経つうちそうではないことが段々と分かってきました(周りからは随分前からそれらしい情報を耳にしていましたが)。つまり、私はその先輩にとって獲物なのだそうです。早速上司に助けを求めましたが、今のところ彼は静観するしか方法はないと思っているようです(その後私も何とか自力で打開しようと試みて、結果的に同じ結論に達しましたので特に恨み事を言うつもりはありませんが)。そんな時ふと私はネットで「ゾンビ」という単語を検索しました(それはほとんど無意識だったと思います。自分を取り巻く状況がその時はまさに「ゾンビ」的に思われたのでしょう)。そしていつの間にか私はAさんのブログに行き着いていたのです。読み始めてみるとAさんの物語は不思議と私の日常をやんわりと忘れさせてくれました。むしろ私の日常の方が空想で、本当はAさんの物語の方が世界の真相を忠実に映しているのではないかと次第に思うようになったほどです。

 長々と書き連ねましたが、私はやはり感謝の気持ちでいっぱいです。これからまた以前と変わらぬ(?)日常に戻らなければなりませんが、この「ZONBA」の思い出はずっと大切にしたいと思います。それではAさんもお元気で。淋しさに代えて」

 Aは三度(みたび)その文面を読み返す。そして自分が決めた事への矜持の確かさが、まるで満ちてくる波に浚われるかのように刻一刻と揺らいでくるのを感じる。もしかして自分はとんでもない過ちをしでかしてしまったのではないか。そう思えてきた。AはB子の云う日常を想像する。自分とは違う、昼夜(ちゅうや)の区別ある日常。彼女はそこで自分の物語(フィクション)以上の苦しい現実を日々重ねているのだ。そしてその日常で疲れ果てた彼女の、せめてもの慰めが自分の物語だったとしたら…。Aは言葉を失う。気がつくと、外ではさめざめとした雨音が聞こえている。

「もし良かったら、一緒に「ZONBA」の続きを考えてもらえませんか?」

 散々悩んだ挙句、Aはブログにそう書き込む。もしかしたらB子に誤解されるかも知れない。そんな怖さも一方ではあった。しかしAはこう考える。自分の力ではもうこれ以上話を紡いでいくにはかなりの無理がある。しかし、「ZONBA」の話題を通じてB子を励ますことは出来るかも知れない。そう思えた。

 B子からの返事はその日のうちに来た。「大変有難いご提案ですが、少し考えさせてもらえませんか?」

 それからしばらく、Aはどうにも落ち着かない時間(とき)を過ごした。



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