滅國の再帰姫 第一章 

吸血鬼の少年との出会い

第1話「吸血鬼の少年は、ラブホテルで吸血鬼のような少女と出会う」

 雪蕎麦天袖(ゆきそばあゆ)は吸血鬼である。

 と言っても、彼は太陽光の下に肌をさらせば灰に還るというわけではない。

 彼が生きていく上で血液の摂取は必要不可欠だが、吸血鬼としての特徴はそれだけで日中でも活動できるし、夜には眠くなる。

 にんにくも食べられるし、十字架に木の杭、銀の弾丸も致命傷にはならない。

 蝙蝠になることも出来なければ、棺で眠る必要もない。

 本当に——吸血鬼としての証左が、文字通り吸血することだけなのだ。

 それだけとはいえ、その特殊体質を公の場で他人に説明し理解を求めるというのは、やはり憚られる。

 医療機関で飲食用に血液を処方してもらうことは不可能だ。人工的に作り出す事ができず、いくらあっても足りないというのに『吸血鬼なぞに』分け与えられる血液なんて一滴もない。

 だからこそ、この日天袖はSNSアプリ「スヌス」で血液の提供者と連絡をとり、人にはあまり言えない方法で血を摂取しようとしていた。


「えっと……ここかな」


 一八時〇〇分。彼はラブホテルにいた。


「四〇四号室……うん、ここだ」


 部屋番号を確認し、ドアに使い捨てのキーカードを挿し込む。

 ロックは解除され、天袖は中へ。


「…………」


 部屋の中には先客——待ち合わせ相手がいた。

 ベッドに腰掛け、紅色の瞳で天袖を見上げている。


「…………っ?」


 その少女を目にした瞬間、天袖は〝何か〟を忘れてしまっているような気がしたが、思い違いだと、気を取り直して挨拶をすることにした。


「お待たせしました。雪蕎麦天袖です」


 丁寧な言葉は欠かせない。何せ、相手とは初めて会う。


「……ん。ハジメマシテ」


 白銀髪の少女だ。天袖と同じくらいか、少し大きい。名前は——


「久那無架(くなむうか)。よろしく」


 ベッドに腰掛ける少女は、自らそう名乗った。

 相手の容姿を見定める時間もなく、天袖は提案する。


「位置を変わってもらえますか」


 天袖は部屋の奥のベッドに座り、無架は部屋の入り口側に立たせる。そしてドアを開き、ストッパーを噛ませる……。

 これは、無架がいつでも逃げられるようにしておくための予防策だ。

 話し合いが決裂した時、或いは天袖が無架に襲いかかろうとした時。

 両方の場合で無架が安全にこの部屋を退出できるための。


「細かいルールを確認しましょう」


 移動が終わると、見つめ合いの時間もなく、天袖はリュックから吸血に対する謝礼である金と紙切れ一枚を取り出す。無架も、紙切れだけを鞄から取り出した。

 二人は恋をするためにこの場所で出会ったわけでも、肉欲を求めていたわけでもない。

 本来であれば、名乗ることすら不要だ。

 天袖は紙切れに書かれたルールに集中する。


「その一。相手の容姿が好みでなかったり吸血の条件が了承出来ない場合は、この場で部屋を退出する。三分間待ちます。この部屋の料金は前払い制で既に支払っていますので、気にしないでください」


 無架は退出しない。微動だにせず、真っ直ぐに天袖を見つめている。同じ内容が紙切れにも書かれているが、相手の容姿だけはこの場で確認しないといけない。無架の態度は、天袖の容姿を了承したということだ。


「その二。料金は三万エン。……この通り、一万エン札が三枚あります。そして支払いは吸血行為と同時。お互いお札の両端を持ち、吸血が終わればこちらから手を離しますので、そのまま財布に納めてください」


「……ん」


 頷く。これも、無架が了承したということ。


「その三。互いの事情を詮索しない。先程知った名前は忘れますので、そちらも忘れてください」


「はい」


 無架は次々と頷いていく。一番の難関とも言える容姿をクリアしているので、あとは流れ作業のようなものだ。


「その四。吸血する場所はどこにしますか?痕なんかがついてしまうので、他の箇所にすることも可能です」


 天袖が四つ目のルールを口にした時、初めて無架から声が上がった。


「首……じゃないの?」


「え」


「吸血鬼——ヴァンパイアといえば、首から吸血するというのが決まりのようなものだけど」


「それは……」


 無架と目が合い、天袖は息を呑む。

 魂が魅入られそうなほどに美しい、緋い瞳だ。吸血鬼などという名前だけの自分よりもよほど魔性を帯びている。

 というより、天袖には彼女の方がよほど吸血鬼っぽく見えた。


「……血を吸うことだけが重要で必要なんで、場所は重要じゃないんです」


 まるで予想していなかったタイミングでの質問に、天袖の口調が崩れた。


「指先からでもいいの?」


「はい……じゃなくて、指からでも問題はありませんけど、血管自体が細くて必要な量を摂取するまでに時間がかかってしまうので、できれば手首から上に」


「……腫れたりしない?」


「……えと、口の中は一度薬液で洗浄するから、唾液自体にアレルギーとかを示さない限りは大丈夫かと」


「そうなんだ」


「えっと、それで、吸血する場所は……?」


「首でいい」


 一通りの質問を終えると無架は天袖から視線を外す。どうやら気になっただけのようだ、と判断して、天袖も落ち着きを取り戻した。


「……わかりました。それでは、そのご」


 不意に。


「ねえ」


「っ!?」


 ……気がつけば、その少女は天袖の眼前にいた。


 密会の約束として定めていたルールその五「吸血時以外は決して触れ合わない」を容易く破って、無架は天袖の頬に触れる。


「……なっ、あっ……?」


 吸血鬼とヒト。

 定められた境界が、曖昧になる。

 天袖の意識、算段が漂白される刹那、無架の言葉が差し込まれる。


「ねぇ。恋人になってくれる?」


 ……それは天袖の計算に無い、一度きりで終わるはずの関係に楔を打ち込むものだった。




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