第11話「朝食と約束③」

 小型ジェット機離着陸用滑走路。

 天袖達の自宅からは少し離れた場所にあるこの滑走路は、第四区へとやってくる機体の離着陸や保管場所としての役割の他に、あまりにも大きな〝荷物〟の保管、解体などにも使われている。

 例えば運搬用の作業車よりも大きな〝荷物〟とか。


「考えてみると、おかしな話だな。階層都市の中にこんな場所があるなんて」


「でも広くて使いやすい。接続ゲートだって、他の階層のはとっくに閉じられてるけど、ここのはまだ開いているわけだし」


「ゲートの使用料だの維持費なんかの名目でぼったくられると思っていたら、まるで何も無い。ありがたいと思うより、怖くなってきたわ」


 通常、サリカを出入りする際はまずサリカの外側にある空港の敷地内へ着陸し、そして空港内の特殊なゲートを通過、中へとやってくる。

 全ての離着陸をサリカの外で行うのだから、そもそもサリカの中に滑走路を作る必要はない。……全員が、そこから入場できるのであれば。

 人種魔妖である天袖は、サリカのありとあらゆる施設を利用できないのだ。

『人種魔妖は人に害をなす』という偏見が施設側にこびりついて残っていることも事実だが、施設を利用できないもっと根本的な理由が天袖にはあったからだ。

 公共の施設を利用できない天袖と、彼に付き添うラスノマィのために第四区の滑走路は使用される。そのためのものなのだから。

 ……もっとも、今語ったのは天袖達がこの滑走路を使用する理由。

 外と中が隔絶されているサリカの「内側」に滑走路がある理由など、天袖達には知る由もない。

 廻我がサリカの一部を買い占める以前から、その滑走路はサリカの内側にあったのだから。

 滑走路の中央、三人の眼前に置かれたものを碌亡は見上げた。

 黒く、濡れたような光沢を放つ巨大なカタマリ。見上げなければならないということは、それほどに巨大だということ。


「にしても……でかいな」


 その全長、碌亡の目測で一二メートルから一五メートルほど。二メートル程度の人間が斧やハンマー、銃器などを手にして相手取ったとしても、討伐可能な存在ではない。


(これを二人でやっちゃうんだからなぁ)


 その怪物を死体にできるほどの戦力。天袖達の強さは明らかに人間クラスではない、と思いつつ碌亡は背後にいた天袖に振り返った。


「天袖、そういやメールが来てたぞ。今日の夜がどうのこうの、って」


「……っ」


「あ、忘れてた」


 碌亡の指摘に天袖とラスノマィが反応する。ラスノマィは天袖よりも早く、視線を動かす程度の反応ではあるけれど、ラスノマィの息の漏れる音が聞こえた碌亡には、明らかにそのことを意識していることが手に取るようにわかった。


(……さては、昨日の時点でメールに気づいていたな?)


 これから起ころうとしていること。天袖がやろうとしていること。そして、ラスノマィがやんわりながらも阻止したいこと。


「会う約束か?」


 その全てを理解した上で碌亡は問いかける。

 天袖はメールを確認するため、家に向かって走りながら振り返った。


「うん! 友達になるかも!」


 友達。天袖にとっては〝そう〟かもしれないが、相手によっては違う結末になるかもしれない。


「……!」


 ……ラスノマィの眼力が増した。単なる驚きから意味を孕んだ視線へと、意識が強まっている。……すると。


「ふげっ」


 走りながら振り返ったせいか、天袖は派手に転んでしまった。だが、ラスノマィも碌亡も何もしていない。偶然起きた事故だ。……だが。


「天袖、大丈夫? 膝痛い? 今日はもう寝とくか?」


 ラスノマィのアプローチがあからさまだ。

 メールの件名から推測したのかもしれないが、これは明らかに、はっきりと——


(こりゃ、女絡みだな……)


 大丈夫、とラスノマィに返し立ち上がる天袖に視線を送りながら、碌亡はそう直感していた。




「いってきます!」


 どうやら、数ヶ月ほど前からその友達(仮称)と天袖は連絡を取り合っていたらしい。

 そして、数日前から今日の夜に会う約束をしていたというのだ。


「……天袖。そろそろアレをしないといけないだろ? だからなるべく早く帰っ」


「気をつけてけよー」


 どこでそんな友達(候補)なんて見つけたんだ、と愚痴を漏らすラスノマィを遮り、出かける準備を済ませた天袖を碌亡は見送る。

 碌亡の声に元気よく返事をするその姿は、まさに少年そのもの。

 天袖の姿が見えなくなると、ラスノマィが呟いた。


「どう思う?」


 天袖の行動を引き留めはしない。でも、心配なものは心配なのだ。


「どうもこうも、当たったら……増えるだろうな」


 天袖自身は友達と言葉にしていても、会ってしまえば、もっと深い関係になってしまうかもしれない。


「外れたら?」


「友達が増える。簡単だろ」


 でも、心配のしすぎだとわかっている。そもそもラスノマィがそこまで天袖に干渉できる理由は無い。


「……今のうちに備えとくかー」


 何より、ラスノマィだって二番目なのだ。

 二番目に、天袖と出会っている。

 ……最初に彼の心を奪ってはいない。


「術は昨日施したんだろ?なら大丈夫だって」


 ラスノマィの心配を落ち着かせようと、碌亡は彼女の行動を確認する。

 確かに、ラスノマィと天袖との昨日の行為には「呪い」の意味もある。災い除けとか、女避けだとか。

 でも。


「…………中身が無い呪いが、掛けた瞬間に速攻で吸収されたんだけど」


 害意の存在しない呪いでさえ、天袖は吸収してしまっている。


「……」


 それを聞き、碌亡はどんな反応をみせるのか。

 ラスノマィは彼の答えを待った。


「心構えが大事だって言うよな」


「諦めが肝心って言ってない?」


 期待した答えは、あっさりと裏切られた。


「……あ、そういえば」


「どした?」


「天袖に〝レッテル〟に気をつけろって言うの、忘れてた」


 碌亡の表情が変わる。……緊張感を帯びて、一筋の冷や汗が頬を垂れた。


「……いたのか?」


 レッテル——その名を聞くだけで、碌亡の肌を寒気が走る。

 碌亡が自分の父親から毎晩のように聞かされている、要注意対象。「域物対策専門組織」の名の通り、域物に関することであれば彼らは人類領域直轄という大義を掲げて「どんなことでも」やる。

 最近では、域物狩りと称して人間には扱えない力を持つ域物に似た人種魔妖を秘密裏に暗殺している、なんて噂が立つこともある。

 とはいえ、レッテルに関する黒いウワサなど一〇〇も一〇〇〇もある。人類領域直轄の組織が事実に繋がりかねない情報を放置しておく筈もなく、噂話を本気にしている人間は稀だ。


「広告で見ただけだよ。……天袖には関係ないでしょ。会いにいく友達(疑惑)が、そのお姫様ってわけでもないだろうし」


「ないなぁ」


「それよか、こっちを先に片付けないと」


 二人は振り返る。

 天袖の体内から出て、一〇分以上が経過した。


 そろそろ、起きてくる頃だろう。


「…………」


 変化があった。

 域物の死体を包んでいる、黒照の繭。

 ラスノマィも碌亡も触れていない。なのに、繭が動いた。

 むぐむぐ——と、天袖の戦枝が内包する〝モノ〟が起き上がる。

 死んでいるはずのそれ。

 生きているはずのないそれ。

 戦枝が、悲鳴を上げて崩れ去る。


「————」


 戦枝の中から現れたのは、とても死体とは思えない新鮮な域物。


「……大きいな」


「さっき言ったよ」


 低い唸り声で、その域物——玻璃狼は目の前の二人を睨んだ。

『よくもさっきは』——なんて、言っている。


「……や、……?」


 戦うため、再び仕留めるために拳に意味を込めようとするラスノマィを碌亡が止める。


「俺がやる。——お前らにばかり、やらせるわけにはいかないからな」


「……わかった。クライアントがそう言うなら、そうするよ」


「素直に好意を受け取れっつーの」


 首元を緩め、腕まくりをする碌亡。


「もらいすぎて溢れてんだっての!」


 ラスノマィのツッコミに苦笑し、目の前の玻璃狼を正面に見る。


「——さて。『ストロミ』」


「…………?」


 玻璃狼は微動だにしない。武器を持っているわけでも何もない。本当に、腕まくりをしただけだ。そう思った時には、手遅れだった


「——キュカアゲス」


「————!」


 でかいやつが、何かを持っている。大きさだけなら自分に届きそうなくらい。

 目の前の敵。目の前の獲物。眼前の何かをそう認識した途端、彼の意識はまた、今度こそ永遠に……途切れた。




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【クロウディプレート】「全ての終焉を司る樹」を体に宿す少年は、世界を憎む少女達と共に深呼吸をする。 絹鍵杖 @kinukagitue

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