第5話「逃ゲタ獲物」

「……ッ、……!」


 ヒトが敵と戦うために必要な道具としてまずは〝銃〟が挙げられる。火薬で弾丸を発射し敵の肉体を抉るこの武器は、急所に当てれば敵を一撃で仕留めることができるし、手にしているだけで相手に威圧感を与えることができる優れものだ。

 ……だが、残念ながら〝域物〟に対してはほとんど効果は望めない。奴らは特殊な能力を使うが故に。

 火、水、雷、風……等の属性を発生させ操る能力や、ヒトであれば容易に肉が弾ける弾丸を1ミリも通さない透明な壁・鎧を形成する能力など。

 ヒトが望んでも手に入れられない〝渇望の力〟を振りかざし、絶対的な優位性を手に入れて、域物は人類を蹂躙する。

 ——はずだった。


「……ッ!?」


『彼』は一体の域物。これから死ぬ彼が感じているのは、恐怖という感情。それも死ぬことに対するものではなく、逃げ出すことのできない自分の体への恐怖だった。

 勝てない。どころか、さまざまな〝渇望の力〟を持ち、数十体でたった一人を囲み、その数十体の背後には数百体が控えているにもかかわらず、順番などお構いなしに突撃しているにも関係なく、殺されている。

 蹂躙とは多数が少数を轢き潰す時に使われる言葉ではなかったか。……いいや。

 圧倒的な力を持って他者を踏みにじること。それこそが蹂躙であり、標的が社会であれ個人であれ、そこに数の差は介入してこない。

 であれば、その光景を目にしたのなら、やはりこう語るべきだ。

『眠たげに目を擦るたった一人の少女に、二〇〇〇を超える数の域物達が蹂躙されていた』——と。

 腕を伸ばす。或いは、何かを飛ばす。それら全ては少女の体に向けられていて、その理由は余すところなく攻撃のためだ。


「……!」


 だがそれらの懸命な攻撃は、少女を捉えることもなく他の域物に突き刺さる。そして味方を殺した彼の命は敵の一薙ぎによって他と纏めて屠られる。

 元より同じ域物というだけで仲間意識はかけらもない彼らだが、その少女一人に対しては死の恐怖という一点でのみ、利害が一致している。

 二対一は一対一よりも強い。片方の数が膨れ上がればそれだけ有利になり、負けなくなるはずなのに。


(これではまるで、一番最初に逃げ出したアイツが正しかったみたいじゃないか)


(体はデカいくせに、あのイキモノを見るなり一目散に逃げ出したアイツ)


(弱い弱い、自分より小さな相手に臆病になるなんて)


 首だけになったその域物は、自らの意識が途切れても自分の敗因に気づくことはなかった。







△◯







〝穴〟よりやってくる〝域物〟には、基本的に知性がなく出現する種類や一日に何体までという制限もない。そのため海に空いた〝穴〟から水中に適応できない域物が出現してそのまま溺れ死ぬことはままあるし、海底に積み上がった域物の死体が海上に出て島になったこともある。たまたま水中に適応できた域物が後から続々とやって来る域物達を貪り続ける餌場となってしまった〝穴〟なども存在している。


「…………」


 ただ、適当に思える域物の出現にもいくつかの法則性は確認されており、その一つが「出現する域物は一種類につき一体のみ」というもの。これは「ひとつの種族が一体ずつしか出現しない」という意味ではなく「時として同じ個体が何体、何十体も複製されたかのようにやって来る場合もある」という意味だ。

 もっとも。一体一体がそれぞれ違う個体で、尚且つ数千の域物が一人の少女を囲むという事例は過去にないだろうが。


『イヤァ、今回モ圧勝ダッタネ。コノ後ハドウスル? ワタシガ代ワリニ出ヨウカ?』


「……ん。お願い。わたしは今日に備える」


『アアソッカ。モウ〝今日〟カ』


 柄には引き金、刀身には銃身——剣と銃が一体化している銃剣を両手に携えた白銀髪の少女。

 少女の周囲を飛び、球体で青く発光し、おまけに喋るボウリング球。

 二人の近くには、小高い山と見紛うほど多くの〝域物〟の死体が積み上げられている。

 アビリティニアの最南端、天袖達が狩りをしていた場所よりもさらに〝穴〟に近い場所。その少女が居ることで、そこは一時的ながら〝域物〟達の墓場となっていた。

 何も知らずに〝穴〟からやってきたもの、強敵を求めて向かってきたもの。様々な域物が少女に戦いを挑み、結果として屍の山が築かれていた。


 少女が域物を屠る間はただ見ていただけの青球が、楽しそうに声を上げる。


『セッカクダカラ上ニノッテ記念撮影デモシタラドウカナ?』


 その一方で、少女はため息を吐いた。


「……ん。足場が悪い、から嫌だ」


 域物達の死骸を見上げる。

 数にして二〇〇〇を軽く超える域物達を全て斬殺していながら、少女は息切れすら起こしていない。むしろ足りなくて退屈げにしている気配すらある。

 青球の話にもつまらなそうに応えた。


『ソウイエバ、一匹逃ゲタヨウダケド』


「……大丈夫。もう死んでるし、誰かがやったんでしょ」


 何が解るというのか、少女は唯一自分に立ち向かわずに逃げ出した〝域物〟の死を確信していた。……そして、少女の下に近寄る数人のヒトに眼差しを向けている。


〝隊長、本日の予定討伐数大幅オーバーです〟……自動的に責任者となってしまった少女への報告だ。


 彼らは少女と同じ組織に所属し、同じ指令の下に動いている同僚だ。

 だが、少女と対等な人間はいない。

 実力は元より立場、価値観、存在の希少性など、全てにおいて少女と対等な人間はこの世に存在しない。

〝退屈だから〟と調査について来てみたものの、人類の生存が絶望視される〝穴(スポット)〟付近でさえ、少女の退屈を癒してはくれないのだ。


「……、……」


 今日、この時までは。

 

『……イヤ、ソレハナイ。突破サレタ報告ナラトモカク、撃破報告ハ何処カラモ上ガッテキテナイカラネ』


「……え?」


 退屈げだった少女の瞳に微かに光が灯る。数千体もの域物を殺した時でさえ戻ることはなかった光が。

 自分の代わりに域物を殺した奴は誰かと同僚を品定めしていた視線が止まる。


「……それじゃ、誰があのツノオオカミを?」


『……ン。寿命ダッタンジャナイ? ソレカ「〝穴〟ノ中デ既ニ魂ヲ吸ワレテイタ」ノドッチカダロウネ。目立ッタ傷ハ見当タラナカッタシ』


「…………」


 青球の言葉に、少女の心がざわついた。


『無架?』


「……寿命で死んだ時、身体半分が吹き飛ぶ奴を〝おーとろ〟は見たことある?」


「無架(むうか)」と呼びかけられた少女の返す言葉に、球型思考支持システム「オートロ」は光の明滅で反応する。


『……データ、トシテオ目ニカカッタコトハ無イネ。身体ニ爆弾デモ仕込ンデイルナラトモカク』


「今日ついて来た連中の装備で、あいつを仕留められそうなものは?」


『〝暁星級〟ハゴロゴロシテルガ、アノ狼ヲ仕留メラレソウナモノハトクニナイナ』


「……そう」


 ツノオオカミをあっさりと仕留められる強さを持った奴。

 もしかしたら今日の部下の中に「そいつ」が居るかもしれない——と考えた無架の期待はあっさりと消えた。だが今の無架にとって、味方が増えることよりも敵がいるとわかったことの方が何倍も嬉しいと感じていたのは事実だ。


「死体も何処かに消えた。わたし達以外に誰かがこの場所にいた? ……だけど」


 明らかに数秒前までとテンションが違う。言葉の使い方が力強い。覇気があって、しっかりと認識している。


 滅多に感動が表情に出ない無架の、気分の高揚。それを検知したオートロは知ってか知らずか、ため息混じりに呟く。


『強スギルヨネ、ソイツ』


 無架の下から逃げ出した域物が誰かに殺された。

 自分と戦うことを放棄しただけで、あの「ツノオオカミ」は自分が蹂躙した域物達と比ぶべくもない。

 比ぶべくもなく、強いのだ。

 戦車など相手にならない。ミサイルも効かない。白旗が通用しない。

 それこそ「ツノオオカミ」が逃げ切って人類領域に到達していれば、人類の歴史は確実に変わっていたであろう程に。

 そんな化け物オブ化け物を一撃で絶命させている。その相手が誰なのか——気になった途端に自分の〝何か〟が渇いていくのを、無架は自覚した。


(誰かに殺されるような存在ではなかった筈。……わたし以外の誰かに)


 ツノオオカミを倒した者の目的は大体推測できる。域物の死体から採れるものは機会を逃せば二度と流通しない超希少な商品として取り扱われることが殆どだから、売買目的であることは間違いないだろう。地球に生息する狩猟が禁止されていたり制限されていたりする動物ならともかく、無限に這い出てくる外敵を倒し、売り捌く行為自体は罪に問われるものではない。


(……ん。いや別に方法が欲しい訳じゃない。必要なのは「誰がやったか」。「そいつは敵かどうか」。あと「〝彼〟かどうか」……か)


 そうだ。考えればわかること。……無架にとっては思い出せば納得できることでもある。

 僅か……二、三秒。ほんの少しの時間で、無架の頭にかかっていた思考のモヤは晴れていた。


『心当タリハアッタカイ?』


「……ん。間違い、ないかも」


 大きな瞳の様な球体に、確信を以て彼女は頷いた。




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