第4話「夜」
「……〝ボクだけどわたしだって〟、女の子なんだぜ?」
天袖の手から離れた水晶のツノをキャッチするラスノマィの声も、天袖に向けられる瞳も、その両方が冷たいもの。
「……いや20キロより軽かったら異常でしょ、……?」
地面に倒れて少しの間失言の代償に悶えていた天袖だが、一分もしないうちに立ち上がる。
「いたい……ひょっとして何か混ぜた?」
立ち上がるも腹部に違和感を感じてお腹をさすり、首を傾げる天袖にラスノマィはため息をつく。その右拳には光るものがあった。
「……致死性じゃないとはいえ、透過した呪詛を体内で分解するなんて。消化物じゃないっての」
ラスノマィの手の甲——天袖を殴り飛ばした方——には、妖しげな光を放つ紋様がタトゥーのように浮かんでいた。しかし、彼女が手を振るとその紋様も肌の中に溶け消える。
「……えーっ、どんな呪詛?」
呪詛と聞き、天袖は顔を驚かせる。その表情に嫌悪や敵意が少しも混じっていないのを目で感じ取り、ラスノマィはまた、ため息をついた。
「中身(オプス)が無い、ただの虚数弾だよ。実数弾なんてお前に撃つもんか」
ぶっきらぼうなラスノマィの言葉には、攻撃的なワードとは裏腹に先程と温度の違う眼差しがある。優しくて暖かいものではないけれど。
「……うん」
「それじゃあ帰ろう。悪いけど天袖、また持ってくれる?」
「りょうかい。まかされた」
今度はツノをラスノマィから受け取る。
……ただし、ツノをキャッチしたのは天袖の両腕ではなく、彼の足元から湧き出すようにして出てきた黒色の〝何か〟だ。
それは枝のようでもあり、人間の腕のようでもあり、ぬめった光沢を放つ触手のようなものでもあった。
ただし天袖の足下から生えるそれに五指はなく、キャッチというより広がった枝にツノが上手く収まっただけであり、光沢と言っても濡烏のようなツヤより磨かれた石の光沢に似ている。
〝戦枝(せんき)〟。天袖自身がそう呼ぶ第三第四の腕の数々が、ツノに触れ、形を崩して纏わりついていく。ツノを保護する為にコーティングしているのだ。
ツノの全てが黒色に染まった時、天袖はそれを棍棒兼杖のように地面に立てた。
「……よしっ。加工終了っ」
作業を終えた天袖は、ラスノマィにどうだ! と言わんばかりに頬を赤く染め、頭上から「ほめてほめて」と無言のオーラを飛ばしている。
「ああ……じゃ、そっちの方も」
天袖の無言アピールを無視し、ラスノマィが玻璃狼の肉体も〝戦枝〟で包むように指示を出すと、二つ返事で天袖はすぐさま取り掛かる。
ツノは高く売れそうだったからという理由でラスノマィは確保したが、玻璃狼の骨格も水晶のようなもので出来ているというなら、それもまた売り捌ける。
骨以外の肉や臓物は食べてみなければわからないが、体格だけでちょっとした建造物程もある量のタンパク質をただ捨て置くというのは勿体無い。
(…………)
先程ツノを包んだものよりも数倍大きい〝戦枝〟が玻璃狼の巨体を包んでいくのを、ラスノマィはただ視線で見守った。
「おわりっ」
「……やっぱ便利そーだよな、お前のそれ」
まじまじと天袖の〝戦枝〟が支えるツノ、持ち上げる巨体を目で見て観察しながら、ラスノマィは天袖を殴った時と同様、胸の前に構えた手の甲に紋様を浮かび上がらせる。……浮き出た紋様が菱形を基本としていて、文字のような形をしていた先程と明らかに違う。
「ふんっ」
真横に空気を薙ぐ。——というか、手に握った何かを投げ飛ばしているようにも天袖には見えていた。
天袖が目で捉えたその現象は正解で、ラスノマィは手の甲に浮かべた紋様を今回は消さずに飛ばしたのだ。
紋様はラスノマィから離れると同時に巨大化し、ある程度の距離を進むと何も無い筈の空中にぺたん、と貼り付けられる。その後少しの変化を経て、手のひらサイズだった紋様は、その中を人一人が潜れてしまうくらいに大きくなっていた。
紋様の伸縮が完全に止まるとラスノマィは紋様の中の景色に指を入れる。
「繋ぐ先は……まぁ、路地裏でいっか」
ありえないことに、紋様を通して見えているはずの風景が紙のように破かれ、べりべりと引き裂かれていく。ラスノマィが破いた後は、そこだけモニターで映されているかのように違う景色が姿を現している。
ラスノマィが紋様の中の景色を破ききると、紋様は彼らが今いる場所と別の場所を、地球の表面にして大陸の端と端——一〇〇〇〇〇〇キロ以上の超長距離間を一ミリの隙間もなく繋げていた。
ただ。離れた場所同士を繋ぐというその技は、ひとつ問題点を抱えている。
「……大きいな」
巨大すぎる荷物が紋様の中を潜れない。これでは荷物を運ぶ事もできない。
「……穴の方を大きくしたら?」
「そんなん街中でやったら通報されるだろ」
穴はこれ以上大きくできず、荷物の方をどうにかするしかない。あれこれと揉めていくうちに解決法が決まった。
「……生き返ったらどうしよ」
不安な顔をする天袖にラスノマィが背中を押す。
「そん時はまた倒せばいい。ツノも増えるしな」
「うわ悪魔」
不安を微塵も解消させないラスノマィの応援を受けて、荷物に天袖が触れる。……すると、荷物が天袖の体へと吸い込まれていく。荷物を天袖の体内に取り込むことで体積そのものを消したのだ。
天袖は〝戦枝〟を自分の体のように扱うことができる。足下に生やしたり、自分の体から自分の何十倍もの大きさの〝戦枝〟を数千本、一度に生やしたことさえある。作り出す大きさも形も自由自在だ。そして、戦枝は足場や盾として生やす事も出来るほか、一時的に物質を侵蝕することができる。
つまり〝戦枝〟で包んでしまえば、何でも天袖の体内に収納することができるということ。
「モノホンの悪魔に言われたかない」
荷物を呑み込み身軽になった天袖は、紋様の中を潜るラスノマィの後に続く。
二人は穴の中へと消え、残った紋様も上から下へ光の粒となって消えていく。
紋様の光すら消失した後には、何物も語らぬ荒野に何事も映さない暗闇が広がるのみ。
異界の眷属が好むという、神秘の夜だ。
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