第3話「戦果」

 人が居てはいけない筈の土地に、少年少女二人の声が響く。


「こっち持ってこっち」


「あい——って、おもっ?」


 人類領域の歴史において、一般人による禁踏地への「立ち入り許可」は過去に認められた例がない。それは禁踏地内における「人命の保障」が不可能である事が主な理由だ。

 天袖とラスノマィの二人は、当然ながら禁踏地に立ち入る為の許可を得られてはいない。では、どうしてこの場所に二人がいるのか。

 無断侵入。彼らは、最もポピュラーなこの方法を選んだためだ。

「禁踏地への立ち入りは許可されないが、侵入に対する罰則規定は存在しない」という抜け道を利用し、彼らは禁踏地にいる。保障のされない冒険は自由に行えるという事で、人類領域に暮らすヒトのおよそ二割が何かしらの事情で禁踏地への出入りを繰り返している。資源獲得の為だったり、単純にロマンを求める冒険家として、或いは未知と向き合う為、域物の実態解明などなど、さまざまなものを理由にして、また〝理由をでっち上げてまで〟禁踏地へ踏み出す者も少なくはない。

 ……ただ。その中でも天袖達のように禁踏地の最果てにまでやって来る、無謀な人類はそうそういないが。

 そもそも。天袖とラスノマィの二人は一体何のために壁を越えたのか。その答えは意外と簡単で——


(ステーキ。にく。つまり肉!)


 ——日銭を稼ぐため。

 倒した域物の死骸は残る。それに穴から出てくるのは、自然界の生物どころか合成された獣にだって見られない、自然の摂理を完全に捻じ曲げる構造を持った域物ばかり。その中には、世界では希少とされている物質を武器として、もしくはただ身につけて生まれ持ってくる域物もいる。また、それを倒せるかどうかは別問題としても、域物から採れる素材は有効活用できる。モノによってはたった1度持ち帰るだけで、一生を遊んで暮らせる富を得たという人間もいるほどだ。

 天袖とラスノマィの二人も、これまでに何度も禁踏地から持ち帰り、成果を金に変えることで日々を生きてきた。興味や義務感で禁踏地に入り浸っているのではなく、まさに生きるためだ。必要があれば侵入るし、必要ないなら近づきもしない。

 そして「生きるため」に理由が直結する〝食欲〟ほど人の情動、理屈を突き動かすものは無い。目を煌めかせて、よだれも垂らしながら天袖はツノに手を当てた。


「…‥八〇〇ぐらむ」


「いや食べすぎだから」


 天袖がツノをしっかりと支えると、ラスノマィの手元から閃光が迸る。切り出した後にツノの重心となる部分をあらかじめ天袖に支えさせて、ラスノマィは指の先から発生させた光をバーナーのように噴射、切断しているのだ。

 

「……ふうっ。よし、切断完了。重さはどれくらいあると思う?」


 ビームバーナーでの加工は僅か数秒で終わり、天袖の腕にはずしりとした重みが確かに感じられていた。


「……う〜ん」


 ラスノマィの問いかけに天袖はツノを少しゆすったり、位置を上げたり下げたりしてみた後、呟くように答える。……正直な感想を。


「……らすのみの方がおも」


 めきょ、というか、みきぃ……という、骨の軋む音。殴った箇所に硬いところなんて無いはずなのに、拳から響くのは乾いた音。或いは、筋繊維が悲鳴をあげる音かもしれない。それとも圧力で肋骨が悲鳴を上げたか。


「……おおおにょっ!?」


 天袖の鳩尾にめり込む怒りの拳が、それ以上彼に言葉を紡ぐ事を許さない。彼は踏ん張る事すら許されず、ただ吹っ飛ばされた。




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