第2話「禁踏地」

 都市「アビリティニア」。

 面積二〇〇〇万平方キロメートル、人口ゼロ。人類領域の最果てに位置するこのアビリティニアには、都市でありながら住人や生活インフラなどの配備が存在しない。

 代わりに都市内部を無数の警備ロボが闊歩しているわけでも光学迷彩で姿を隠しているわけでも滅んだ都市の名残りでそう呼ばれているわけでもなく、本当にアビリティニアには何もないのだ。

 人類の暮らす場所、人の営みを守る為に制定されたエリア「人類領域」。「域物」との戦闘による影響を人類領域に与えない為に用意された意図的な空白地帯のひとつが、アビリティニアなのだ。

 そして大陸規模の面積を持つ〝ただの土地〟アビリティニアが数世紀も前から都市と呼ばれ続けている理由はたったひとつ。名前を立て、その位置を明確化しておくことで、国絡みの争いを生まない為の措置である。……と、本には載っている。

 もっとも、怪獣や怪鳥で溢れるモンスターパラダイスに最も近い土地を好き好んで我がものにしようとする国など「すでに」存在しないが。

 すでに——過去にアビリティニアに国の総力を送り込み、付近にはあれど域物達は一度も侵入したことのない広大な土地を新たな領土にしようと企んだ国家は存在していた。

 何も無い土地を支配する。武器さえ要らなかったとされるこの行動には最大で三〇〇万人規模の軍隊が投入されたとも記録にあり、その土地の占拠に一瞬であっても成功したのは、禁踏の地を支配してみせるという国家による覚悟と行動の結果の表れだ。

 だが、誰も恐れてやらなかったことをやり遂げた〝勇気のある軍隊〟は、征服完了から三日後、あろうことか〝とある域物〟に好まれてしまった。嫌われるわけでも、敵視されるわけでもなく、好まれた。その結果として三〇〇万人の軍隊が一夜にして壊滅したというのは、さすがに悪夢だろう。

 誰もいない土地だからと油断した? いいや、銃器も毒ガス兵器も効かない相手がいけないのだ。真正面から撃ち込まれた銃弾、炸裂弾、焼夷弾、——が、敵にかすり傷すら与えられない以上、兵器は戦場でおもちゃにしかならないのは必然。

 その歴史的な惨劇を境に、アビリティニアは何も無いにもかかわらず決して踏み入ってはいけない場所「禁踏地」に指定され、以降いかなる都合であっても、立ち入ることは許可されていない。何もないからといって「域物が侵入しない」と保証されている土地であるわけではないのだから。







△○







 その、人類禁踏の地。〝穴〟からさほど離れてはいない地点に、巨大な域物の姿があった。


「…………」


 大人一人なら軽く踏み潰せてしまう……例えるならそれくらいの巨体が、身じろぎひとつせずにそこにいる。ただし彼に意識はなく、身体の半身も無い状態で彼は地に斃れていた。

 彼を狩った者がいる。自らの意志で穴の側を離れた彼は、人類領域が定める基準に照らし合わせれば「人類が余裕を持って駆逐できる」部類、つまり域物の中ではこれでも〝弱い〟と判断される程度の力しか持たない。

 だが、それでも野生の虎やライオンの一〇倍は危険とされる怪物。銃弾が効かず、自然界では決して成り立たない筈の能力とそれを〝支える〟知能を持つ……。それが普通の生物と穴から現れる〝域物〟との違いだ。

 極限の飢餓状態にある猛獣であろうとまず戦いは避けるほど危険な域物の死体を前に、少年と少女の二人が言葉を交わしていた。


「早く帰ろ。この場所に長く居たらめんどーになるって言ったの、らすのみでしょ」


 表情と内面の両方で不機嫌な黒髪少年、「天袖(あゆ)」。

 彼が不機嫌な理由は、数分前まで自分がこの域物の腹の中にいたから。喰われていたのだ。「カッコ悪いところを見られた」という羞恥心もある。

 ——ただ、恥ずかしさに目を瞑る天袖の意見は、目の前の少女に通ることはなかった。


「これ持って帰れば、今晩はステーキ食えるよ」


 死体の真近くにしゃがみ込み、玻璃狼のツノを指差す少女の名前は「ラスノマィ(らすのみ)」。玻璃狼を真っ二つに吹き飛ばしたのは彼女だ。

 彼らの目的は不明、この場所に到達した手段も不明。しかし割と明確な事がひとつ。

 一般人は〝立ち入り禁止〟とされている筈のエリアに、彼ら二人はいた。




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