【クロウディプレート】「全ての終焉を司る樹」を体に宿す少年は、世界を憎む少女達と共に深呼吸をする。

絹鍵杖

滅國の再帰姫 序章

第1話「域物」

 穴。

 いつどこで、誰が開けたかもわからないその穴。

 地球にぽっかりと空いたその穴は、地球に住む数多の生物にとって「敵」となる存在をこの世の外側から運んできた。

 異次域生物類似存在。通称〝域物(ディプレート)〟と名付けられた敵性存在には、様々な種類がいる。

 大きいものもいれば小さいものも。尻尾が二股に分かれた猫のようなものもいれば、ドラゴンのように実在性が疑われるものだって、何度も何種類も出現している。

 域物に知性が存在するのかは不明とされているが、戦力としては圧倒的と言わざるをえないだろう。

 仮にその力が人類に向けられた場合、今ある兵力や武器の攻撃力では敵を滅ぼすどころか防戦すらままならず、1ヶ月と保たないとされている程に。

 だが、今もなお世界はその危険に晒されているにもかかわらず、未だ人類に終末は訪れていない。……敵が、人類を滅ぼすためにやってきた訳ではなかったからだ。

「人が抱く空想を描き切ればこのような地獄になるのか」——その光景を見た誰かがこぼした。

 穴から現れる無数の怪物共は、まず共喰いでその戦力を削り合う。それ故にその戦力が人類に向けられる事は殆どない。……何のため? もちろん、人類などの為ではない。

 そもそも彼ら域物は、同じ穴から大量に出現しているというだけで仲間ではない。域物同士であってもお互いが敵なのだ。

 ごく稀に穴の周囲で繰り広げられる戦闘から運良く逃げてきた域物が人類の生活圏に踏み込む事はあるが、穴の周囲から逃げ去るレベルの弱さであれば、人類が苦戦する事はない。

 そして強い域物ほど戦闘を好み、穴の周囲から離れようとしない性質がある。

 人類は、域物の闘争を求める性質によって存続していると言っても過言ではないだろう。







◇○







「……!」


 鈍く、それでいて透き通るように響く打撃音が、周囲に響き渡る。

「玻璃狼」の持つ、水晶でできた角に攻撃が当てられた事によって発生した音だ。

 狼の体躯に闘牛のような大きな角。ただし狼自体の体長も一〇メートルは超えているから、その頭部に生えるツノの大きさは少なく見積もっても一メートルはある。つまり一度でも体を貫かれれば重症、貫かれた場所が悪ければ即死。

 おまけに角の先端は刃物の様に鋭くなっているから、ほんの少し掠るだけでも肌が切り裂かれてしまうかもしれない。


 ピキ——


「ルァガ……!?」


 つまり、玻璃狼にとって最大の武器であり、絶対の信頼があった「水晶の角」が折られる、破壊される事態は完全な想定外。

しかも、破壊を為したのが自分の身体の半分よりも小さい敵で、角に攻撃を受けたのはたったの一度。たったそれだけの攻撃で、玻璃狼自慢の角が砕けた。


「……ゴ、ァ…………」


 玻璃狼の眼は、敵によって砕かれ落下する己の角を捉えていた。

 だが、彼の瞳に浮かぶのは狼狽えの色ではない。

 真紅。自慢の角を折られたという屈辱、怒りに染まるその色に、彼の瞳も、残ったもう一本の角も染まる。


「ルゥ……グゥォァァァアア!!」


 怒りに身を任せ、彼は吼えた。

 力いっぱいに足を踏ん張り、体を捻る。


「……! ……!」


 彼の角を折った敵に喰らいつく。地面に着地しようとしていた敵は、玻璃狼の急激な変化についてこれない。

 ばくん。——そしてそのまま、敵を呑み込んだ。


「…………」


 咀嚼はしない。牙よりも数倍堅い角が破壊されたのだ。もしかしたら口の中で牙を折られるかもしれない——なんて、玻璃狼が考えられた訳ではなかった。

 単純に、今の彼には余裕がなかった。それ故の焦り。焦り故の呑み込みだ。

 自分は勝ったが、敵がいなくなった訳ではない。もう一匹いる。残る角も折られるかもしれない。余裕は無い。


「……天袖を返せ」


 それが、彼が最期に聞いた、人の話す言葉だった。


「…………!?」


 殺すために、目の前の敵に向けて一歩踏み出す。……だが、踏み出した彼の一歩が再び大地を踏み締めることはない。

 突然の視界の途絶。そしてほんのわずかな時間に訪れる激痛と、意識のシャットダウン。

 体半分を吹き飛ばされた彼は、自分の体に何が起こったのかを理解する前に、死亡していた。




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