第88話 ハーレム?

「待った?」


「大丈夫、今来たところだよ!」


 俺たちは川口と出会わなければ、きっと休みが来る度に毎日こうして会っていただろう。俺はあったかもしれない世界線を想像して、少し悲しくなった。


「で、今日は俺と彩芽がデートする日だったかな?」


「そうだねえ。でもさ、あの、その……」


「冗談だよ」


 待ち合わせ場所の時計台の前には俺と彩芽とそして、美由もいた。


「見送りに来たんだよ、うん!」


「じゃあ、行こうか」


 俺は美由の腕に自分の腕を通した。


「ちょ、ちょっと……今日は彩芽ちゃんの日で、わたしは……その……明日かな?」


 美由の目が泳いでいる。本当に美由らしい。


「美由さん、一緒に行きましょ!!」


「えっ、でも……彩芽ちゃんも恋人だし……、許したのわたしだし……」


「美由さん、恋人は美由さんだけです。わたしは……今日、お借りするだけのつもりだったんです」


「えっ!?」


「うん、わたしにとっての幸人は、過去の彼氏なんです。わたしは幸人を振って、川口と付き合った」


「それは!! 川口が騙しただけで……」


 その言葉に彩芽はゆっくりと首を振った。


「わたし、今なら分かる。本当にどんな事をしても、もし世界が壊れたとしても、好きなら、川口に騙されても、それでも幸人の側にいようとしたはずなんだ!!」


 1日考えたんだろう。彩芽の瞳から涙が零れ落ちた。


「わたしは、幸人より漁業組合のことを優先した!! そりゃ親のことだから、大切だよ!! でもね。きっと美由さんならば……」


 俺は隣で恥ずかしそうに顔を伏せている美由を見た。


「そんなこと分からないよ!! そりゃさ、わたしにとって、幸人は全てだよ!! でも、それは、タイミングとかあると思う。もし、わたしが彩芽さんの立場だったら、どうしたか分からないよ!!」


 そうだ!! 彩芽は彩芽なりに悩んで決めた結論なんだ。漁業組合と彼氏のこと、どちらが大切かなんて、比べるべきじゃない。


 俺はふたりの頭を撫でた。


「ちょ、ちょっと!! 美由さんは撫でられることが好きかもしれないけど、わたしは髪の毛崩れるし……好きじゃないかもしれないよ!!」


「嫌いか……」


「……嫌……じゃない」


「だろ!!」


 未来がどうなるかなんて、分からない。でも、今は彩芽のしようとしたことを否定してはいけないんだ。


「あーあ、重婚できれば問題ないんだけどなあ」


 その言葉を聞いて、美由はクスクスと笑った。


「今は決めなくていいじゃん。わたしは幸人も好きだけど、彩芽ちゃんも大切だよ!! そりゃさ、今日、ここに来たのはずるいけどね」


 そう言って俺に抱きついた。


「わたし、結構、嫉妬深いんだよ!! 口では幸人は彩芽ちゃんとデートすればいいと言いながら、今日みたいに行動しちゃったりする」


「それでいいじゃん。俺はそんな美由が好きだ。でも……彩芽も好きなんだよ」


 そうだ。どっちかひとりを選ぶ必要なんて今はないはずだ。


「だから、一緒にゆっくりと歩いて行けばいい」


 その言葉を美由は否定した。


「でも、わたし、ずるいんだよ。だって、心のどこかで、彩芽ちゃんは冬休みが終わったら、遠距離恋愛になる。なら、わたしの方が有利だ、なんて思ってる!!」


「それでいいよ。俺は天使様と呼ばれた美由を最初見た時から好きだった。そして……」


 俺は一呼吸おいて、目の前の彩芽の腕に自分の腕を回す。


「ずっと小さい時から彩芽が好きだった。トラウマになって、遠く京都に引っ越すくらい好きだった!!」


 これは俺の勝手な願いだ!! 本当はこんな調子のいい話はない。


 美由の両親に言えばきっと追い出されるだろう。彩芽の父親は頑固者だ。俺のこの結論を聞いたら、ふざけるなと殴りかかってくるだろう。でも、それでも、俺はこの可愛いふたりにこの言葉を言わないわけにはいかない。


「ふたりが俺の彼女じゃダメかな?」


 俺はふたりを前にして、真剣な表情でそう言った。


「うんっ!!!」


 そして、美由と彩芽は同時にそう応えた。


 俺たちには、これから色々なことがあるだろう。その中で、相手の嫌な部分が見えてしまうかもしれない。


 それは俺からかもしれないし、彼女たちからかもしれない。


 でも、今はこの可愛いふたりを愛していたい。


「俺は美由と彩芽が好きだ!!」


 こうして俺は正式にふたりの彼女を持つ事を許された。


「で、お姉ちゃんへの報告どうしようかな?」


 ちょっと美由、何を言ってるんですか。そんなこと言ったら、俺!!!……殺されるよ!!!


「美由、もしかして、この事、姉さんには……」


「ダメだったかな?」


「はいっ!?」


 きっと間違いなくややこしくなる……。美由が姉さんに送ったLINEには、彩芽ちゃんも恋人になれたよ!! わたしと彩芽ちゃんで幸人を支えていくね!! と絵文字と一緒に送られていた。


 その次の瞬間、俺のスマホが震えた。いや、震えたのは俺自身だろう。


「幸人、どうなってるのか説明してもらおうかな。ことと次第によっちゃ……」


 殺す!!! なんて、そんな物騒なこと書かなくてもいいのに、ははははっ、俺、今日、家に帰りたくないな。


 自業自得と言えるが、ここは土下座でもして許してもらわないとならないのか。


「ごめん、送っちゃダメだった? 秘密にしといた方が良かったかな?」


 いや、それはそれで色々とまずいだろう。


「いや、姉さんの性格からすると間違ってないよ!!」


 そうなんだよな。あの人隠し事とか無茶苦茶嫌いな人だからな。


 ははははっ、俺は乾いた笑いしか出てこないわ。

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