第83話 美由を信じたい
「俺を好きになってくれたのは、美由からだったんだ」
「……そうなの? てっきり、幸人の方からアプローチしてたのかと思ってた」
「うん、中学の時に姉さんの誘いで出かけた時、友達が連れてきた娘だったんだけど、その時眼鏡をしていて、気がつかなかったんだけど、向こうは俺のことを気にしてくれてたらしい」
「そうなの? 当時、他の女の子と会ってたなんて知らなかったよ」
「俺も彩芽と別れた時期できつかったから、あまり印象に残ってなかったんだよね。ただ、美由は俺のこと、ずっと覚えてくれていて、進路も俺と同じ学校にしたそうだ」
「……じゃあ、おかしいよね……」
「そうだ。きっと裏がある。俺は彩芽の不自然さに気がついたんだと思ってるんだ」
「そっか……」
彩芽は、悲しそうな顔をして、紅茶を飲んだ。
「でも、心配じゃないの? それなら尚更、彼女が危ない目に遭うかもしれないのにさ」
「大丈夫だよ! 美由は結城家のお嬢様だから守ってくれる人がたくさんいる……」
「えっ!?」
「美由ちゃんって、あの結城家のお嬢さんなの?」
「うん……」
「それは無理だわ。じゃあ、川口は振られて戻ってくるんだね。まあ、仕方がないか」
彩芽は長い間、川口の思うようにされてきたためだろう。達観した言い方でそう呟いた。その時、美由からラインが届く。
「美由からのLINEだ」
俺はスマホを取り出し、ラインを開いた。
(川口は全て話したよ。わたしが聞いたら、自分の手柄のように話してくれた。数年前に起こっていた漁業組合と太陽光推進派との抗争。その決着には、川口博士が出した資料が大きく影響したと伝えられている。あの資料は捏造じゃなかったんだよ)
「これって、どう言う……」
資料が捏造でない事が、美由の調べたかった事なのか。俺はその意味がわからなかった。目の前の彩芽にLINEを見せると、彩芽は涙を溢れさせた。
「嘘……わたし、本当に……馬鹿だ……」
「何故泣くんだよ! これって、どう言うことなんだ?」
「あなたの彼女は最初から春樹があの川口博士の息子だと分かってたんだよ。知りたかったのは、漁業組合に提出した資料が捏造であったかどうかだよ。わたしが持ちかけられたのは、資料の内容を変えてやる代わりに俺と付き合えと言われた。それが捏造でなかったとすれば……。でも、どうして……美由ちゃんがそのことを知ってるの?」
それもそうだ。当事者でない美由が川口に聞けば、本当のことを話すだろう。だが、美由は彩芽が漁師の娘であることも、そして脅されてることも知らなかったはずだ。
「分からない……ただ、ひとつ言えることは、もう彩芽は川口と付き合う必要はない。いや、……」
俺は大きく首を振る。
「どういうこと、やはり、川口と別れられない?」
「違うよ……」
「これは川口を陥れることができるかも知れない」
今、このことを公にするには証拠が不足している。このままでは川口を本当の意味で追い込むことはできない。だが、自白を取る事ができれば、話は別だ!!
「きっと、美由も早々に切り上げて戻ってくるはずだよ。その一言を聞き出せたのなら、もう一緒にいる必要はないはずだから……」
(幸人、どこにいるの? まだ、初詣してないよ!)
やはりか、美由は川口と付き合いたいわけではない。分かってた事だが、俺は内心ほっとした。
(解放されたの?)
(バカ! 囚われてるわけじゃないよ。それより、今、彩芽ちゃんとデート中でしょ!)
(だから、彩芽は彼女じゃないから……)
(冗談、冗談……、で、どこにいるの)
俺は喫茶店の名前を美由に伝えた。
「美由、こっちに向かうってさ」
「本当に愛されてるんだね」
「自分でも信じられないことだけど、そうみたい……」
暫く待つと喫茶店の扉が開き、美由が入ってきた。そのまま、俺の隣に座って、抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと美由!!」
さすがに喫茶店で抱きつくのはまずいだろ。
「もう、限界だよ! 本当に川口って最低だよ!! 身体触ろうとしてくるし、我慢してたら、スカートの中に手を入れようとするし、帰ろうとしてもなかなか帰してくれないし。もう……本当に、最低!!」
そう言って、美由は抱きついた腕に力を入れた。当然、胸が押しつけられる。
「ちょ、ちょっと美由……あた、当たってる」
「いいよね、幸人もこの方が嬉しいでしょ!」
嬉しいけど、人目が……、目の前の彩芽も顔を真っ赤にしてるし……。
「ねえ、美由……ちゃん、どうして幸人をそんなに好きなの?」
「それは……幸人だからだよ!」
いや、美由、それでは答えになってないのですがね。
「そっかー、なら仕方ないね」
彩芽、何が仕方ないんだよ。俺だけがわけわからん。
「で、次、会う約束したんだよな」
「仕方ないじゃない。あー言うのはいちゃダメな存在なの。そうだよね、彩芽ちゃん!」
「えと、それって……」
「わたし、一目見た時にピンと来たの、パパもきっと一泡吹かせたいと思ってるからね。いい気味だよ!」
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