第82話 美由を信じてる!
俺が電話をすると数回のコールの後、美由のスマホに繋がった。
「美由、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。彼は今のところは紳士的だし……」
良かった。まあ、美由を俺から奪ったと思っても、すぐ手を出せるわけはないか。
「あのさ、彩芽のことだけども……」
「……うん、何かあった?」
「川口に脅されてたんじゃないのかな?」
どんな内容で脅されたのか分からない。ただ、先ほどの彩芽の言動からすると、喜んで付き合っていたとはどうしても思えなかった。
「うん、そこら辺、聞いておいてあげて……」
「美由は、その……」
「ごめん、あまり長電話してると疑われるから、切るね」
「あっ、ああ……」
その後、美由ちゃん、どうしたの? と言う言葉が聞こえ、電話が切れた。
「ふう……」
俺は思わずため息をつく。よく考えてみたら、俺は彩芽がなぜ川口と付き合うようになったのか知らない。突然、俺から離れていったのかも分からなかった。
「おかえり」
「おかえり、って変じゃないか?」
「そうかな?」
「トイレに行ってきただけだよ」
「うん。でね、さっきの話の続きだけど……」
俺はその後の言葉に心臓が飛び出るほど驚いた。
「わたしは川口から脅されてたの!!」
「えっ!? 嘘だろ……だって、川口と一緒に俺を馬鹿にして……」
「仕方なかったんだよ。本当にごめんなさい」
彩芽はぺこりと頭を下げた。
「詳しく……話してくれないか?」
「うん、分かった……、あのね……、わたしのお父さんの仕事、幸人なら知ってるよね」
彩芽の父親の仕事は漁師だ。豊漁祭などは俺も何度も行ったから、よく知っている。
「ああ、漁師だな」
「漁業を巡って、市議会が揉めてたの知ってる?」
「洋上太陽光設置計画のことだな」
「うん、市議会がこれの議決をしていた。国から補助金が出るし、市に大きな利益が得られる大事業だよ。もちろん漁は出来なくなる……」
そうだ。洋上太陽光設置計画に漁師のみんなが反対票を集めていたのを知っている。俺もサインをした。
「それと、川口のこととどう言う繋がりがあるんだ」
洋上太陽光設置計画は、市議会委員のデーターの提出により、白紙になった。太陽光を設置したとしても、想定の一割程度の電気しか得られず、収入が得られないと発表したからだ。
「その学者の名前を言ってみて……」
俺は慌ててスマホを取り出して当時の記事を探した。俺の予想が正しければ……。
「川口明夫……さん……」
「そう、あの計画が実施されれば、わたしのお父さんは仕事ができなくなる。確かにその代わりとして仕事を紹介すると言う話だったけど……海の男は海でしか生きられない!」
彩芽が持つコーヒーカップが震えていた。嘘だろ……と言うことは……。
「そう、川口はわたしにその話をしてきた。俺の父親ならば、漁業を守ることができると……、その代わりに……」
「嘘だろ、そんなことあるわけないじゃないか。俺に何も相談してくれなかったよな。なぜ、そんな大切なこと……」
「話して、幸人は何か解決してくれたの? それに、この話は絶対口外するなって、川口から言われてた。わたし、ひとりで決断するしかなかったんだよ!!」
目の前の彩芽が泣き崩れた。今までずっと我慢してきたんだろう。
「……どうして……」
「わたしだって海の女だもん。海に生きる人たちは、海でしか生きられないの!!」
「誰にも相談しなかったのか?」
「相談できなかった。ごめんね。川口の言いなりになるしかなかったんだよ」
「と言うことは、美由のことも……」
「ごめんなさい……幸人には酷いことをしたと思ってる」
「なぜ、川口が美由を好きになると思ったんだよ」
「二年も一緒にいたんだよ。彼が好きなタイプを分からないわけがない。初めてみた時、驚いたよ。あんまりに可愛くてね。本当に地上に舞い降りた天使みたいだった」
美由を表現するなら、一番しっくりとくる言葉だ。確かに美由は地上に舞い降りた天使だ。だから、美由が俺に好意があるように見えても、ずっとそんなはずはないと否定し続けたんだから……。
「写真を見せたら、すごく嬉しそうにしてた。そして、俺、この娘と付き合うよ、と言ってきたんだよ」
その後のことは、鈍感と言われている俺だって分かる。
「じゃあ、美由と付き合えたら、解放してやると、そう言われたんだな」
「うん、美由ちゃん次第だけども、美由ちゃんも満更じゃないように思えた。本当にごめん! 幸人には本当に悪いと思ってるよ!」
ここで、彩芽はいったん言葉切る。
「こんなこと今更なのは分かってる。酷いことをしたことも、幸人がもしよかったら……」
そうか、彩芽は寄りを戻したいんだな。
「ごめん」
「なぜ? それは悪かったと思ってる。処女じゃないのも……でも、それでも好きなんだよ」
「彩芽が汚れたとは思ってない。心はあの時のままで、俺は嬉しい」
「それじゃあ、なぜダメなの?」
「……俺には美由がいるんだ」
「だから、美由さんはもう……」
「大丈夫。俺は美由を信じてる!」
「えっ!?」
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