第81話 川口

「えとさ、春樹が美由ちゃんだっけ……、好きなら、ふたり一緒に遊んできたら、どうかな?」


「えっ!?」


 俺と美由は同時、彩芽の方を見た。川口だけが、そうだねえ、とひとり納得している。


「さっ、行こうか?」


 その言葉に美由は困った顔をしながら、俺を見た。


「やめろよ。嫌がってるじゃないか」


 何を言ってるんだよ。美由は俺の彼女だぞ。俺から全てを奪おうと言うのか。


「幸人は、わたしより、可愛いだけの女の子が好きなわけ?」


 彩芽が俺の言葉に疑問を感じた。あれだけのことをしておいて、彩芽は今更何を言ってるんだよ。彩芽と川口の目的がハッキリした今、ここにいるのも嫌だ。


「美由、行くぞ!」


 俺は美由の手を握って、その場を離れようとした。


「幸人、ちょっと待って……」


「どうしたんだ、美由……」


 美由は川口に気づかれないように小さな声で耳打ちした。


「何か事情があると思う。言われるように行動して、様子見るから……後でLINE送る……、今は彩芽ちゃんを見てあげて……」


 そのまま、美由は川口の前に立った。


「じゃあ、どこに連れて行ってくれるのかな?」


 えっ、美由。どう言うことだよ。美由も川口を好きになったのかよ。流石に美由を失うわけにはいかない。取られてたまるかよ、と美由の肩に手を伸ばそうとしたが、その瞬間、美由からLINEが届く。


「……わたしを信じて……大丈夫、何かありそうなら、SPが動く。わたしの安全は保証されてるから……」


 美由の肯定の言葉に川口は気味の悪い笑みを浮かべた。


「お姫様、じゃあ行きましょう」


 そのまま、川口は美由の手を取り行ってしまった。


「えらく、あっけなかったわね……」


「うるせえよ」


「ごめん」


 彩芽らしくなく、俺の前で頭を下げた。


「お前、今更よりを戻せると思うか。それとも、また川口に彼女を取られる俺を笑おうとしてるのか」


「……そんなんじゃないよ。わたし、悪いと思ったけど、美由さんのこと、川口に伝えたの。お正月だから、きっと神社に来ることもね。悪いけど写メも撮らせてもらったの」


「なぜ、そんなことをするんだよ! 俺をそんなに陥れたいのか?」


 美由が俺よりも川口を取るはずがない。美由は俺のことが好きなんだ。俺は彩芽と話しながら、周りを見渡した。今まで美由しか見てなかったから気がつかなかったが、確かに背広姿の男が数人いた。


 今まで気づかなかったが、もしかして俺も見張られていたのか……。


 悔しいが、俺が隣にいるよりも頼りになりそうだ。俺は彩芽と話しながら美由のラインを待った。


「これは、美由ちゃんには言わないでね」


 彩芽は真剣な表情で俺を見た。そう言えば、ずっと長い間、彩芽は笑う時も自虐的だったし、なぜか悲しそうにしていた。今回、何か吹っ切れたような表情をしていた。


「えと、それは……」


 さすがに美由に話さないわけにはいかない、と言おうとした時、美由からラインが届いた。


(事情は後から話すから、今は彩芽ちゃんの話に乗ってあげて……もし、わたしに言わないで、と言うならとりあえずオッケーしといて……。別に言ったとしても、彩芽ちゃんには不利益にはならないからさ)


 美由は何をしようとしてるんだよ! 俺には美由がやろうとしてることが全く見えない。でも、初詣途中でやめてまで、何かをしようとしてるんだ。俺は身体と心が張り裂けそうな痛みを味わいながら、小さく頷いた。


「ありがと。あのさ、馬鹿にしようなんか思ってないんだよ……」


 彩芽はそう本当に悲しそうな顔をして話す。


「美由ちゃんのこと、ごめんね。そのデートの……途中だったんでしょう。川口は変な自信家だから、絶対口説き落とせると思ってたみたいだけど、美由ちゃん、割と硬そうに見えたから、そんなに簡単にはいかないかも、と言ってたんだけどね。意外にあっけなかったね」


「何か……事情が……あるはずだよ」


「ふうん。まあ、美由ちゃんも今時の娘だったってことだよ。でもね、これで、わたしは解放されるんだよ! 幸人、今までごめん……」


 俺は何か吹っ切られたような表情の彩芽を見て驚いていた。


「お前、川口と付き合ってたんだよな」


「結果的にはそうなっちゃったね。キスもした……、あのさ、肉体関係も持ったよ。嘘は言わない……」


 それはそうだ。川口と二年も付き合ってたんだ。そう言う関係を持っていても不思議じゃない。


「美由ちゃんには……その手を出してなかったみたいね」


「なぜ、わかる?」


「分かるよ……わたしにだって、あんな長い間一緒にいたのに、幸人からキスすらしなかったでしょ」


「それが理由で、川口に行ったのか?」


「違うよ!!」


 今でにない強い口調で言われる。


「川口と美由ちゃんが付き合ったら、わたしは用済みになる。もう、こんなお芝居続けなくても良くなるんだ……、だから、川口の話に乗った……」


「用済みって、どう言うことだよ!」


「幸人は鈍感だからね。気づいてくれなかった。いや、わたしが気づかせなかった。もう、無理だと思ったんだよ」


 何が無理なんだよ。俺のこと、あんな状況で振っておいてさ。


「幸人に告白された時、嬉しかった。本当なら、すぐにでもオッケーしたかったんだよ」


「なに言ってんだよ!」


「これ言ったと知ったら川口は、わたしを許さないと思うから、秘密にしてくれるかな?」


「どう言うことだよ……」


「秘密にしてくれないなら、言えない」


 彩芽の表情が一層真剣味を帯びた。やはり、川口と付き合ったことに大きな理由があるのか。


「ちょっと、喫茶店で話そうか。流石に立ち話はさ」


「うん、分かった……で、秘密にしてくれる話……」


 俺は何も言わずに喫茶店に入り、コーヒーを注文して、すぐに席をたった。


「えと、どこに行くの?」


「ちょっと、トイレな。ついてくるか?」


「……バカ」


 ここまで話が混んでると美由に連絡しないわけにはいかない。俺は美由に連絡をした。それ以上に美由の今の状況が心配でもあった。確かにSPはいるかもしれないけど、突然キスされたら、止められないだろ!



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