第80話 初詣

「お父さんと何話してきたの?」


「……秘密だよ」


 俺と美由の父親は目を合わせて頷き合った。美由の出生の秘密を言うのは今じゃない。


「なによ、それえ……、心配して待ってたんだからね」


「美由なら分かるだろ。わたしが幸人くんに美由が嫌がることを言わないことはさ」


「でもさー、いざとなったら、娘をやらん! とか言う父親多いもの……、ほーら、わたし、結構可愛いでしょ」


 美由らしくない言葉に俺は驚いた。いつもの美由は控えめな性格だから、可愛らしさアピールをしたりはしない。


「うんうん、可愛い、可愛い」


 いつも言われなれてるのか美由の父親は目を細めて美由を誉めた。


「結構、キャラ違うよな」


「そーかなあ」


「いつもの美由は、あまり言わないからさ」


「だって、可愛いこと自覚してる女の娘嫌いでしょう」


「ま、まあ……」


「気づいてないのかなあ、くらいのスタンスの方が可愛いかな、ってね」


「お父さんと一緒の時にはいいんだ」


「パパは別だよ。ずーっとちっさい時から、可愛い可愛いって言ってくれてたもん」


「そうよねえ。美由はパパっ子だったよね。わたしが相手してても、パパは? って……」


「もう、いいでしょう」


「でも、わたしは結構ショックだったのよ。わたしの方がずっとお世話してるのに、なぜ家に帰るとパパーって飛んで行くからね」


「……うーん。怒らないから……」


「確かにパパは感情的にはならないよね」


「……でしょう!」


「まあ、その相手もパパから幸人さんに行ってパパ悲しんでたけどね」


「えーっ、そうかなあ」


「だって、あなたが送るメールの内容ほぼ幸人さんだよね」


「そこまでじゃ……ないよ」


「うーそ。じゃあ、読んでみようかな。今日、幸人さんに久しぶりに会いました。寝てるのかな、ドキドキしながら、どうしようか迷いました。でも、ここで何もしないなんて、わたしらしくない。勇気を出してとりあえず揺さぶってみるか、と思い左右に揺すりました。このまま寝てる姿をずっと見ていたいけど、そこは我慢……」


「ちょっと、ママ。もうやめて……」


「美由の弱点見つけちゃったかな」


「ごめん」


 このまま聞いてると凄い話が出てきそうだけど、さすがは可哀想だ。俺はソファに座った。


「あー、おせちの続きが食べたいかな。うーん、目移りするよ」


「えーっ、そんなことより、お参りに行こうよ。せっかく可愛い着物着たんだからね」


 美由は俺の食べようとするのを制して、引っ張る。


「……分かった、分かったから行くよ」


 俺は軽く2人に会釈して、席を立ち、部屋を出た。和やかな雰囲気の家でよかった。結城家と言うから何か粗相があったら、と緊張して寝れなかったけど、そんなこと気にする必要もなかったんだな。


 俺たちは中庭を抜けて、大きな門の前に立つ。


「あっ、ここに通用門があるから、ここから出ようか」


「えっ、いいの?」


「いつも、わたしはここから出るよ。門を開けるのは車を出す時とお客様が来た時だけだよ」


 確かにこれだけ大きな門を毎日開け閉めするのは大変そうだ。美由は得意げに通用門を開けて、そこから外に出た。


「それにしても、綺麗な着物だよな」


「あー、これママからのお下がりなんだよ。今風にあつらえてるから、古臭くはないけどね」


「へえ、親から娘に送るようなしきたりとかあるの?」


「……うーん、ないと思うよ。わたしは小さい時からママの着物が着たかったから、これ着れる歳になった時嬉しかったんだよね」


「へえ……」


 確かに可愛い着物だ。それに丈も今風に少し短めに調整してるのか、古臭さはない。それにしても、もう二十年くらい着てるだろうけど、保管がいいのか全くそんな感じはしなかった。


「ほーら、行くよ」


「きっと今日は混んでるよな」


「私たちみたいに帰省してる人多いからね」


 電車で二駅乗り、俺たちの地元の神社に着いた。


「うわっ、凄い人だよ!」


「これは一時間くらいかかるかもね。寒くない?」


「寒いけど、幸人と一緒だから大丈夫だよ」


 俺はその言葉に頬が熱くなるのを感じた。


「俺も美由と一緒だから……その平気だよ」


 それを聞くと美由もにへらと笑いながら俯いた。俺たちがお互いに俯き合ってると後ろから声がした。


「あっれえ、幸人じゃない!」


 この声は振り返らなくても分かる。きっと彩芽だ。もう、会っても仕方がないんだが……。


「幸人……隣の……女性は!?」


 川口か、彩芽の隣には必ずいるもんな。美由は振り返るとゆっくりと頭を下げた。


「美由と言います。そちらは幸人くんのお友達ですか?」


「そうです! いつも幸人がお世話になってます」


 そう言って川口が俺の前に立つ。これは一体どう言うことだ。


「それでさ、そのふたりはその……同級生とか……かな?」


「春樹、あなた……その娘のこと……」


「可愛いよね。美由ちゃんって言うの、大きな瞳に小さな唇、そして細い肢体に、服の上からでも分かる胸……ねえ、こいつ、つまらないでしょ。これから、俺と一緒にお参りしませんか?」

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