第79話 美由の出生

「これから言うこと、誰にも話さないと誓っていただけますか?」


「はい」


 俺は二つ返事で頷いた。一体、美由の出生にどんな秘密があるんだろう。


 美由の父親はゆっくりと話し出す。それはとても勇気がいる事だったのだろう。声が出るまで、とても大きな間があった。


「実は……美由は、わたしの実の娘ではありません」


「……えっ!?」


 あまりのことに俺は言葉を失う。美由が実の娘ではない。どう言うことなんだ。


「美由はかなりの美少女でしょう。わたしには、似ないでね。ほら、ベンチに座りましょう。いい景色です」


 俺と美由の父親は横並びでベンチに座った。こうして見るとこの庭園はかなり手がかかっている。花には詳しくはないが、日本にはない花も沢山植えてあった。


「実は以前、美由がアイドル活動をしていた時に、出生の話をマスコミが調べてきたのです。わたしは急いで揉み消したため、公にはなっていませんがね」


「お父さんは、美由ちゃんのことを実の娘のように愛されてますね」  


「ははははっ、そうですね。確かに実の娘のようにわたしは美由を愛してます。妻と結婚しようと決めた時、わたしは子供を産まないようにしようと決めました。生まれた娘の方が可愛いなんて、あってはならないんです」


 美由の父親はそこで話を一旦切り、過去の話を話し始めた。


「どう言う経緯でわたしが美由の父親になったのか。順を追って話します。わたしとわたしの妻以外にもうひとり早川信輝と言う友人がいました。わたしたちは幼稚園からの幼馴染でして、一緒に遊んでいたのですが、いつの頃からか妻が信輝を好きになって行くのを感じていました」


 そう言って俺をじっと見た。


「わたしは一度自分の気持ちを諦めました。2人が相思相愛であるなら、自分は応援するべきだと思ってました。そう、わたしとあなたはそう言う点で非常に似ている」


「でも、今は……」


「もちろん、わたしの妻ですし、血は繋がってはいませんが、美由はわたしの娘です」


 どうして、美由の父親になったんだ。


「早川はわたしと違って、スポーツが得意で特にサッカーの才能があった。彼は大学を卒業してJリーガーになりました。そしてJリーガーになって二年後、早川は妻に告白したのです。そして、結婚し妻はひとり娘をお腹に宿したのです」


 美由の父親はそう言うと手で目頭を覆った。もしかして、泣いているのか。


「早川さんは……もしかして、もうこの世に……」


「幸人くんの言う通りです。早川はサッカーのプレイ中に心臓発作で倒れ、病院に担ぎ込まれましたが、遅かった……」


 美由の父親は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「早川はこうなる可能性を知っていました。実は個人で受けた検査で不整脈が出ていたようで、医師からは激しい運動をするな、と言われていたようです。でも……、彼はJリーガーとしての道しか選べなかった」


 俺は思わず唾を飲み込んだ。


「妻が泣きながらわたしに電話をして来ました。わたしはいても経ってもいられなくなって病院に駆けつけ、早川の亡骸と対面し、早川からと手紙を受け取りました」


「それは……遺書ですか?」


「はい、そこには、俺は無理を通して、きっといつかは死んでしまう。だから、今のうちに遺言を残しておくと書かれていました。妻と娘を頼む、君には面倒をかけることになるから、少ないが俺の預金は残しておく。娘はきっと俺の娘だから、とびっきりの美人になるよ。ただ、イケメンと付き合うのはやめた方がいい。イケメンは俺と一緒で自己中心的だから……。きっと悲しませることになる。できれば、誠実でお前のように優しい男と一緒になって欲しい」


「……俺は美由ちゃんのお父さんのように金持ちでもないし、そんな勇気なんてないですよ。ただ、好きな人を守りたいとは思ってるだけです」


「それで充分です。ちなみに余談ですが、妻との結婚を強行したため一度は結城家から破門されました。ただ、わたしの祖父母も頑固だが馬鹿ではない。わたしの能力を見抜いていて、ある日、戻って来いと言われました。今では妻も、そして、美由のことも愛してくれています。美由に関しては過保護なくらいにね」


 そうか。この人は美由の妻と美由を守るために、結城家さえも捨てようとしたのだ。


「俺はそこまではできないかもしれないです」


「大丈夫です。わたしも妻と早川が結婚する時に一度は諦めたのですから……。まだ、幸人くんの方がしっかりしてますよ」


「その話、なぜ美由にしてあげないのですか?」


「……それは……、実の娘じゃないと言われたら、美由が苦しむと思って……。わたしは墓の前で約束しました。遺言を守るよ、と」


「遺言ですか……、もしかして遺言にはまだ続きが……」


「娘の名前が書かれてました。女の子なら美由と名付けて欲しい。その名前には曇りない目で世界を見て、自由に生きて欲しい、と言う願いが込められてました。そして、最後に父親のことは一生秘密にして欲しいと書かれていました」


「どうしてですか? きっと美由は知りたいはずです。遺言が書かれた当初の年齢なら、確かに理解できないかもしれない。でも、今の美由なら……」


 こんな大事な話。やはり隠しておくべきではない。美由を見ることもできないで死んでいった父親がいたことを美由は知るべきなんだ。


「ふふっ、やはりそう言いますか」


「……えっ!?」


「今更、実は本当のお父さんは……、と言う勇気がわたしにも妻にもありません。だから、幸人くんに頼みたかった。でも、幸人くんがそう言わなければ、それはそれでいいと思いました。美由の父親の墓は、ここから二駅行った小高い丘にあります」


 その霊園墓地なら俺も知っている。子供の頃、彩芽と一緒に探検と称して、遊んだ事がある。俺は神社にお参りに行った後、そこに美由を連れて行ってあげようと思った。

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