第78話 美由の家

「ほら、幸人、今日は結城さんの家に行くんでしょう」


 とうとうこの日がやって来た。はじめ美由の家にご挨拶に来てと言われた時には、年末こんなに悩むとは思わなかったよ。美由も俺と同じ中流階級の娘だと思ってた。まさか結城家の一人娘だったとは……。


「じゃあ、行ってくるわ……」


 俺は正月に美由の家に行くため、0時になってすぐに家族で簡単なおせちを済ませた。


「行ってらっしゃい!」


 なぜ、大合唱なんだよ。俺は家族に送り出されるようにして、結城家に向かった。


「あけまして、おめでとうございます」


 俺が屋敷に近づくと、家の前に着物姿の美由がいた。


「か、かわいいな」


「あ、ありがと……」


 俺が褒めると美由は顔を赤らめて俯く。さすがは結城家のご令嬢だけはある。正月着姿があまりにも似合っていて俺も驚いてしまう。


「さ、どうぞ」


 大きな門がゆっくりと開いていく。


「自動ドアなんだな」


「昔は手動で開けていたこともありますが、何度も開け閉めが大変ですので……」


 なるほど、後から自動ドアにしたと言うことか。ここまでの設備を入れるのにいくらかかってるのだろう。そんなことを考えながら、門を抜け大きな庭園を歩く。庭は庭師によって毎日手入れされてるのだろう。綺麗に整備された日本庭園が広がっていた。まじでほんまモノの金持ちだ。


「お母さん、幸人くんが来ましたよ」


「ああっ、柏葉さん、病院で会った時以来でしたね。あの時は大したこともできずにすみません。本当によく来てくれました」


「いえいえ、そんなことはありません」


 あの時は、綺麗な人だなくらいにしか思ってなかったが、こう見るとかなり上品に見えた。


「ささ、立ち話もなんですので、どうぞ」


「あっ、これ、……よろしくと家族からです」


「こんなものまで、本当にありがとうございます。後でお茶と一緒に出しますね」


 そのまま、俺は客間に通された。凄い掛け軸が掛かってるな。


「緊張しないで大丈夫ですよ。ねっ、美由!」


「お、お母さん!」


「この娘ったらね。幸人さんは小心者だから、気をつかってね、って事あるごとに言われててね」


「えっ……」


 美由は以前から俺のことを話してたのか。


「ふふっ、もう引っ越しの時からおおはしゃぎでね。お父さんなんて、無茶苦茶心配してたのよね」


「もう、それは言わない約束でしょ」


 美由の母親は、椅子を下げて座らせてくれた。うわ、凄い立派なお節料理だよ。そして、目の前には眼鏡の男性が座っていた。


「お父さん、ほら挨拶して……柏葉くんだよ」


「あっ、ああ……今日はよくおいでくださいました」


「いえ、こんな所に俺なんかが呼んで頂き、ありとうございます」


「いえいえ、どうぞ。一緒に食べましょう」


 俺は美由が小皿に移してくれたお節料理を食べた。これは、本当にうまい……。


「……この娘は、柏葉さんにぞっこんでね。ずっと、わたしと話すのは柏葉くんの話ばかりで……」


「もう言わないでって、言ってるのに!!」


 美由はそう言って顔を赤らめた。それにしても美由と母親は楽しそうに話してるのだが、目の前の父親は何も話さない。やはり俺のことを嫌っているのだろうか。


 お節料理を半分くらい食べた頃に、突然美由の父親が席を立った。


「柏葉くん、少し散歩をしませんか? 狭い庭園ですが……綺麗ですよ」


「あっ、は、はい!」


「お父さん、わたしもついていっていいでしょう」


「いや、男の話だ。美由は家で待っていなさい」


 その言葉に美由がすごく不安そうな表情をする。おいおい、別れてくれと言われるんじゃないだろうな。まあ、俺と美由だ。本来、関わることもないだろう。出ていけ二度とくるなと言われないだけ、マシなのだ。


 それでも、はいと言えるわけにはいかない。美由と暮らした十ヶ月は俺にとってかけがえのない日々だった。


「大丈夫だから……」


 俺はそう言って、父親の数歩後を歩く。父親は何も言わずに庭園の中央まで歩いた。


「ここがわたしの一番好きな場所です」


「は、はあ……」


「柏葉くんは、こう言う景色はお嫌いですかな」


「いっ、いえ、そう言うわけでは……ないですが」


「まあ、今の若い人にはまだ、わからないかもしれません」


 美由の父親はずっと遠くを眺めていた。


「美由のことどう思いますか?」


「えと、美由さんはとても明るくて綺麗で、そして優しい人で僕なんかに勿体ないくらいです」


「そうですね。わたしの自慢の娘だ。母親に似て可愛く、そして……礼儀正しい。良い娘に育ってくれました。学校では天使様と呼ばれてるとか……、本人は嫌がってますがね」


「はい、確かに天使のような無垢な娘です」


「いつか、彼氏を連れて来て、その人が信用できると思ったら話そうと思っていました……、柏葉くん。もし、万が一、美由と別れても、このことだけは言わないと約束できますか?」


「えっ、別れるって……」


「心配しなくてもいい。わたしが何か言うとか、別れさせるとかはありません。もっとも……わたしが何を言ったって、美由からは別れませんがね。家内の血が流れてるからですかね。美由はあまり、イケメンを好みません」


 そう言って美由の父親はこちらをじっと見た。


「柏葉くんがイケメンじゃないとか言ってるわけじゃないですよ。ただ、……優しい人が顔のいい人には少なくてね……」


「いえいえ、そんな俺が優しいなんて……」


「優しいですよ。そして、美由を誰よりも愛してくれてる」


 美由の父親は嬉しそうに目の前の庭園を見つめながら、そう呟いた。


「それで、どう言う話ですか?」


「美由の出生に関わる重要な話です。本当は、墓まで持って行こうと思ってた。ただ、柏葉くんは、信用してもいいようだ。だから、話そうと思いました。聞きたくないならば、わたしは何も言いません。聞くのであれば、この話は誰にも話して欲しくない。もちろん、美由にもね」


 美由の生まれに何かあるのだろうか。てっきり別れろと言われるかと思っていたから、かなり驚いた。


「俺なんかが聞いていい話なんですか?」


「柏葉くんだから話そうと思うのです。例え美由の結婚相手であっても、わたしがそう思わなければ絶対話ません!」


 どうやら美由の父親は俺を凄く信頼してくれているようだ。本当に俺はその期待に応える事ができるのだろうか。

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