第77話 結城家

「あなた……、幸人のなんなのよ!!」


「わたしは、幸人の彼女だよ……そう言う、あなたは?」


 彩芽の言葉に美由が言い返す。彩芽は、俺を馬鹿にしてきたから、よっぽど悔しいのだろう。


「何を言ってるのよ! 幸人はわたしの彼氏だったんだからね!」


「全て聞いたよ。川口君に乗り換えたこともね」


「乗り換えたんじゃないわよ。何にも知らないくせに、よく言うわ!」


「知ってるよ! 幸人がどれだけ苦しかったのか。そして……、今でも苦しんでるの!」


「わたしだって、好きで……こんなことしたいわけじゃない。そもそも、なぜ可愛いあなたが幸人みたいな奴を好きになるのよ? もしかして財産目当て?」


 その言葉に美由は悲しそうな表情をした。


「……もういい……、全てわかったよ。幸人、いこ……」


「えっ、ええ!?」


「こんな人と話していても、時間の無駄。元彼女だって聞いたから、悪いことは言いたくないけどね。非常識だよ」


「財産目当てって言われて、言い返せないの! 言い返せないってことは、やはり金目当てなんだよね!」


 なぜか彩芽は目に涙を溜めて叫んでいた。なんなんだよ。お前が振ったくせにさ。泣きたいのは、こっちの方だよ。


「感情的になるんなら、行くからさ。俺の彼女を傷つけるやつは、誰だって許せないからな」


 俺は美由の手を取り、ホームまで一緒に歩く。てっきり、彩芽がついてくるかと思ったが、ついては来なかった。


「大丈夫か?」


「……うん、それとね。もう、話し合わなくて良いと思うよ」


「……そうだな」


 美由の気持ちも分かる。それにしても彩芽はなぜ泣いてたんだろうか。俺が彼女を連れていた事が、そんなに悔しかったのだろうか。なぜか、そこが妙に引っ掛かった。


 美由の家までの十数分間。電車に乗り、そして二つ先の駅で降りて一緒に歩く。その間、美由は一言も話さなかった。ただ、意思表示として指を絡めてきた。恋人繋ぎか。そう言えば以前もしてくれたよな。付き合う前だったから、凄く驚いたのを昨日の事のように思い出す。


「ほら、着いたよ」


「……はえ……」


 思わず俺は、そんな素っ頓狂な言葉を返すしかできなかった。


「み、……美由……お前……もしかして、お姫様!?」


「なんでだよ! ただの女子高生だよ」


 その家……、いや、小城と言った方が相応しいだろう……は、ずっと遠くまで続いていた。


「この城は……」


「あー、ごめん。ちょっと広すぎるよね」


 広すぎるどころじゃないだろ。その瞬間、俺の頭には、母親から昔聞いた東北三財閥の名前が思い浮かんできた。


(そうだよ。ここら辺で財閥といえば、西の西宮家、東の東宮家、そして北の結城家)


 なぜ、西と東が家の名前になってるのに、北だけ結城家なんだか、気になって聞いたっけか。


(それはね。東と西を結ぶから結城家なんだよ。ここら辺の人は西宮様と東宮様を結ぶ城と言ってるよ。要するに結城様が、ここでは一番の名家なんだよ)


「結城、……って、あの結城家のお姫様!?」


「その呼び方、嫌だな……」


 天使様は天使ではなく、お姫様だった。


「……マジかよ……」


「寄ってく?」


「……いや、その度胸はない……」


「もうっ、そんな大した家じゃないって言ってるのに……」


 俺はなんて約束してしまったんだよ。そりゃ、祖父母が年末に西海岸に行くわ。俺は正月に何を話せば良いんだよ。


「じゃあ、また明後日かな?」


「……あっ、ああ……」


「あんまり言いたくないけど、彩芽ちゃんはもう……」


「分かってる……」


 と言うか今はそれどころじゃなくて……、このどこをどう見ても城にしか見えないこの豪邸。これに比べれば、全てどうでも良い。そもそも、結城家って、姉さんは知ってたのかよ。


 俺はじゃあ、と軽く挨拶をして、美由の帰っていく姿を眺めていた。お別れのキスでもしようかと思ってたが、とてもじゃないができない。ていうか、俺、大丈夫か?


 俺は美由が屋敷に入るのを見送った後、家に向かって走った。姉さん、何考えてるんだよ。俺がお姫様の相手なんて勤まるわけないだろ。


「ハアハアハア……」


 俺が家に帰ると、あまりに早かったからか、母親がびっくりしていた。


「あら、幸人早かったね」


「あっ、ああっ……ハアハアハア、姉さんは……」


「部屋にいると思うけど、幸人、凄い汗だけど大丈夫?」


「そんなこと、どうでもいい」


 俺は慌てて二階に上がり姉の部屋のドアを開けた。


「おい!」


「なあ、姉さんよ」


「入る時はノックしろと言っただろ!」


「いや、それどころじゃないだろ!」


「それどころだろ。彼女ができたからって、浮かれて女子の部屋にノックもなしに入ってくるとはいい度胸だ」


「そんなことよりさ」


「そんなこと、……より!!」


 姉さんは右手に竹刀を持つや、俺に殴りかかった。あわやと言うところで、俺は近くにあった竹刀を手に取り止める。


「やるじゃないか? じゃあ、こっちから行くぞ」


「違う違う違う、悪かったよ。ごめんってば……」


「なんだよ、つまんねえな。久しぶりに鍛え直してやろうと思ったのに……」


 流石に俺が姉さんに勝てる可能性はない。毎朝、欠かすことなく練習している姉さんの竹刀を受けとめられただけでも奇跡なんだ。


「それはそうと、美由が結城家のお姫様だって知ってたよな?」


「はあ? なんの話?」


「……知らないのか?」


「お前なあ、そんな些細な話どうでもいいんだよ。美由が金持ちの娘だろうが、貧乏人だろうがそんなことお前は気にするのかよ」


「いや、それでも限度ってもんがあるだろ」


「はあ!? そんなこと言ってるなら、別れたらどうなのよ?」


「えっ!?」


「幸人はヘタレだから言わなかっただけだよ。じゃあ、結城家だからって諦めるのかって聞いてるんだよ」


「いや、そう言うことは、ないが……」


「じゃあ、出て行ってくれよ。そんなこと言ってると、美由ちゃんに愛想尽かされるぞ」


 そうか、俺の性格を考えて、美由の家のことを話さなかったのか。


 それにしても、本当に俺大丈夫なのだろうか。結城家には、年頃のお嬢さんが一人いると聞いた。それが美由とか、あり得ねえってばよ。


 結局、俺は寝付けず、気がついた時には明け方になっていた。


「うわあっ、本当に俺、大丈夫なんだろうな!」

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