第75話 想い出
「彩芽は、同じ病室で生まれたんだ」
当時、俺の母親と彩芽の母親は、同じ病室になった。初めての出産で不安な彩芽の母親にうちの母親は大丈夫。赤ちゃんはお母さんに会いたがってるから、きっと会えるよ、と力づけていた。
出産は二度目と言うこともあり、母親は楽に産むことができたそうだが、彩芽の母親はかなりの難産だったらしい。
「大丈夫……大丈夫だからね! ちゃんといきむのよ!」
二日前に生まれた俺よりも母親は、彩芽の母親の事が心配で分娩室で力づけ、二時間かかって、やっと産む事ができたそうだ。
早産だったらしく1500グラムしかなく、すぐに人工呼吸器をつけられて、無菌室に入れられたそうだ。
「大丈夫。大丈夫だからね」
その後も励まし続け、彩芽の母親はうちの母親が退院した二週間後に退院できたそうだ。
――――――――
「彩芽ちゃんよ。幸人! 仲良くしてあげてね」
俺が物心つく頃には、いつも隣に彩芽がいた。好きとか嫌いとかよりも、妹のような存在だった。
「これ、もらって……いい?」
「ああ、なんでもとっていいぞ」
「じゃあさ、これほしい」
彩芽はちっさな指輪のおもちゃを手に取った。
「はい、これつけて?」
そして、小さな左手薬指を差し出した。父親から左手薬指は、婚約指輪と聞いていた俺は慌てて右手につけようとする。
「ちょっとゆきと。ちがうって……こっちにつけるの!」
「だから、そっちはすきな人につけてもらうんだって」
「じゃあ、ゆきとでもんだいないよね」
「……なんでだよ」
「ゆきとは、わたしのことすきでしょ」
「なんで、おれがすきだと左手薬指につけるんだよ」
「しーらない。でも、つけてよ」
「わかったよ! これでいいんだよな」
ママごとのようなものだと思っていたから、そう言って俺は左手薬指に指輪をつけた。
それ以来、彩芽はたびたびその指輪をつけて、友達に見せびらかせた。
俺と彩芽はその後、同じ幼稚園に入り、一緒に通う一番のお友達になった。
その頃はどこに行くのも後ろから彩芽がついて来て、みんなから妹なのかと勘違いされることも多くあった。
「今日も彩芽ちゃん、来てるんだな。いつも仲良いな。将来、結婚したらどうなんだ?」
「父さん、彩芽に聞かれたらどうするんだよ!」
「何、幸人。どうしたの?」
「なんでもないよ」
彩芽は小学校に入る頃には、一緒にいるのが当たり前になっていた。家に俺がいない時も、先に来ている時もあったし、性格も明るくて、彩芽がいるとみんな明るくなった。
「おいおい、またふたり一緒にいるぞ。付き合ってるかよ!」
「羨ましいの? そういえば、あなたたちって女の子の友達もいないもんね」
「うっ、うるさいな。そんな軟派なやつと一緒にするなよな。俺たちは……こ、こ、硬派なんだよ!」
「ふうん、モテないことを今の時代は硬派って言ってなぐさみ合うんだね。初めて聞いたよ」
「ふっ、ふざけんなよ」
「大声で言っても何もできないくせにさ」
俺たちを揶揄っていた男の子は、彩芽の口撃になす術もなく、逃げてしまった。いつの間にか彩芽は俺にずっとついてくるだけの存在から、俺を守ってくれる存在にさえなっていた。
「もう、……幸人もちゃんと言ってやりなよね。あー言うモテない君の僻みに付き合う必要なんてないんだからさ」
「ありがとうな」
「お安い御用だよ。あっ、千尋、おはよう」
「おはよう、幸人くん、彩芽。今日もラブラブだね」
「えへへへっ、いいでしょ!」
「羨ましいな。ふたりは相思相愛でさ」
「指輪をくれたもんね」
「えっ!? 婚約してるの?」
「違うよ、おっ、おもちゃの指輪だからな」
「おもちゃだって左薬指にするのは婚約指輪でしょ」
「それは、彩芽が……」
「わたしが、……ナニ?」
「いえ、なんでもないよ」
「だから、付き合ってるとかそんなの超えて、婚約してるんだよ!」
中学二年までは俺たちの関係と言えば、おしどり夫婦だった。
そんな日がいつまでも続くと思ってたんだよな。
それが中学二年に上がる頃、彩芽との距離が遠くなった気がした。
「ねっ、たまには一緒に帰らないか?」
「うーん、ごめんね。今日、用事があるからね!」
帰宅部の彩芽に何の用事があるんだよ。こうして会ってもよそよそしく対応される事が多くなり、気になった俺は堪らずにちゃんと告白しようと思った。
もちろんそれには理由があった。
「ねえ、川口くん、ここ教えてよ」
「あー、ここはだね……」
そう、この頃から川口との距離が近づいていくのを感じていた。この頃の俺はきっと焦っていたのだろう。それでも、あれだけ仲が良かったのだから、告白したら応えてくれると思っていた。
「彩芽、ずっと言わなかったけどさ。指輪も渡したから大丈夫だよね」
放課後、屋上に呼び出した俺はそう言って彩芽に切り出した。
「指輪って、ナニ?」
そう言えば、中学二年になって彩芽は指輪をする機会が殆どなくなっていた。きっと、彩芽なりに告白してくれるなと言う意思表示だったのかもしれない。ただ、その時の俺はそんなことを考える余裕もなかった。
「昔さ、左手薬指につけてあげたじゃないか?」
「それが、どうしたの?」
「正式に告白しようと思ってさ」
「……えっ!?」
その時、屋上の扉が開いた。その音を聞いて彩芽は振り返った。
「春樹、ごめん待たせたね」
「いいよ、何をしてたんだ!」
「……なんでも……ないよ」
「何でもないわけないだろ。幸人、何しようとしてたんだよ」
「俺、彩芽ちゃんのことずっと好きでした。付き合ってください!!」
その言葉を聞いて、彩芽が振り返り春樹の方を見た。
「なんか、こいつ告白してるみたいだけど、どうするんだよ!」
「ば、ばかね。そんなの決まってるじゃない。わ、わ、わたしは春樹の彼女なんだから……」
気のせいかもしれないけど、あの時、何故か彩芽は泣いていたような気がした。
その後、教室で馬鹿にされ、俺はその日から誰とも話さなくなった。
「これがことの顛末だだよ。つまらなかっただろ」
「つまらなくなんてないよ。辛かったね」
「辛くなんてないよ。今は美由がい……」
その言葉を塞ぐように美由は俺にキスをした。
「泣いてくれて……いんだよ」
その言葉に俺は子供のように声をあげて泣いた。美由は泣いてる俺を赤子のようにぎゅっと抱きしめながら、頭をずっとさすってくれた。
「ありがとう……、美由ありがとう!」
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