第74話 実家へ

「幸人、やーっと帰ってきたよ。美由ちゃんありがとうね」


「いえいえ、お母様。わたしがやるべきことをやったまでですから……」


「ちょっと聞いてよ。あんた、お母様だって!」


「お母様なんて柄じゃねえだろ。それにしても、幸人にも春が来たんだな。良かったな」


 俺が居間に入ると予想通り、家族全員が俺を待っていた。左の座椅子にいるのが今年70になったおばあちゃん。その隣が72歳のおじいちゃん。どちらも100歳くらい生きそうだ。そして、俺の前にいるのが父親でその隣に立っているのが母親だ。そして、俺の右手に嬉しそうに手を振る姉がいた。


「で、なぜ居間に全員揃ってるんだよ!」


「いつもお前を待ってる時は、こうしてるだろ」


「してねえよ!!」


「まあ、久しぶりの里帰りだからな」


「絶対、美由目当てだと思うけどな、俺は!」


「婆さん、聞いたか。今の言葉! 美由だってよ」


「聞きましたよ。やっと、幸人にも彼女ができたんだね」


「彼女なら、前にも……」


 姉の言葉に家族全員の声が止まった。


「沙也加、ちょっと、やめなさいって……、幸人はさ」


「そうだよ。別にぶり返さなくてもな。それに美由ちゃんは、彩芽よりもずっと綺麗だしな」


「おっ、お父さん!!!」


 この部屋にいるみんなが俺に気を遣ってるのが分かる。告白してはいなかったが、彩芽は当時、俺の彼女だと誰も疑わなかった。彩芽は積極的には手伝わなかったが、母親が頼むと喜んで引き受けていた。


「まあ、湿っぽい話は置いといて、美由ちゃん、お茶でいいかい?」


「あっ、お母様、わたしも手伝います!」


「えーっ、美由ちゃんは、まだお客様だし……ねえ!」


「まだって、なんだよ! まだって」


「幸人、いいんだよ。いつもしてたことだからね。何もしないの手持ち無沙汰だし……お母様、手伝ったら駄目かな?」


「て、ことは幸人は京都で毎日、美由ちゃんに家政婦みたいなことやらせてたのか?」


「えと、お父様、身の回りの掃除、洗濯、それとご飯作ることとお弁当くらいしかしてませんよ」


「ちょっと、幸人。嫁入り前の娘に何させてんのよ」


「いいんですよ! わたしがしたいから、してるだけですよ」


「本当に悪いね。愚息で肩身が狭いよ!」


「料理作るの好きだし、それに幸人はいつも美味しいって言ってくれますから……」


「ちょっと幸人! 聞き捨てならないね。わたしの料理で美味しいなんて一度だって言ったことないじゃないか?」


「美由の手料理は、母さんのより美味いからな」


「そういや、前行った時作ってくれた料理もとても美味しかったわ」


「だろ!!!」


「だろ、じゃないだろ。幸人も何かお返ししてるんだろうね」


「大丈夫ですよ。それにわたし、幸人くんから最高のプレゼントもらいましたし……」


「ええっ、何、それ……」


 俺はその言葉をかき消すように不満げに声を荒げた。


「美由、それよりお茶飲みたいんだが!」


 美由、家族に溶け込むのは良いんだけれども、2人の秘密にしたい話はしないで欲しい。


「なによ! あなた結婚する前から亭主関白気取りなの?」


 彩芽の話を避けようとしてるのか家族全員がよそよそしい。俺はそれに耐えかねて、キッチンに行った。


「美由、手伝わなくて良いから。上に上がるぞ!」


「おいおい、どうしたんだ! 幸人!」


 気を遣ってもらうのは分かるんだけど、俺はこう言う空気にまだ慣れてない。


 俺は美由の手を引いて2階の部屋に上がった。


「ちょっと! 強引ですよ!」


 みんなに溶け込もうとしていた美由は少し怒ってるようだった。


「ごめん、やり方が悪かった。ただ、俺は今だにあの雰囲気に慣れない」


 美由はその言葉を聞くとベッドに座って隣をポンポンと叩く。


「ほら、幸人も座ってください!」


「いいのか?」


「いいも悪いも、ここは幸人の部屋でこのベッドは幸人のベッドでしょ」


「いや、それはそうだが……」


「じゃあ、座ってください!」


「あっ、ああ……」


 俺が美由の隣に座ると美由は自分の膝をポンポンと叩いた。


「どうぞ! 膝枕です!」


 いや、ちょっと待て。どうして、ここで膝枕するんだ。しかも、家族が入ってくるかも知れないんだぞ。


「あっ、ちょっと待ってね」


 美由はそう言うと扉の鍵を閉めた。


「これで大丈夫です! どうぞ!」


「いや、どうぞと言ってもだな!」


「幸人が辛いのわかります。だから、どうぞ!」


 いや、俺が傷心なのと、美由の膝枕がどうして繋がるんだ。


「癒してあげますよ! 彼女として……」


 彼女として、と言う言葉に俺は少し動揺した。


「えっと、いいのか?」


 本当は駄目だろう、とたしなめるのが紳士だろうが、俺も健全な高校男子だ。ミニスカートから伸びる太ももの誘惑には勝てない。ただ、そうは言っても、じゃあお願いします、と言うわけにもいかない。


「あっ、ちょちょっとま……」


 美由は、躊躇している俺の頭を抱いて、ゆっくりと膝につけた。


「どうでしょう!」


「この眺めは絶景かな」


「ちょ、ちょっと幸人……恥ずかしいのであまり上を見ないでください」


 どうしても見上げると美由の胸の形がはっきり分かる。ただ、美由は恥ずかしいようだ。じゃあ、と俺はうつ伏せに寝た。


「ひんやりとして気持ちいい」


 だが、この体制だと太ももが顔にくっついて、変なところが元気になりそうだ。しかも、目の前にあるのは、美由の絶対領域。これはこれでヤバい。


「ちょっと、あまり顔を動かさないでください!」


「ダメか?」


「ダメじゃないけど、とてもくすぐったいです?」


「もしかして、……感じてる?」


「……バカ!」


 世の中に出回ってる、エッチな動画だと、このまま絶対領域の中に手を潜り込ませるのだろうが、流石にそれはダメだろう。そんなことを考えていると上から真剣な美由の声がした。


「なんでも話してください。聞いてあげます」


 話せば楽になると言う。美由に話せば少しは楽になりそうだが……、美由はいいのか。


「彩芽の話するけど。いい? 何も考えないで話してしまい、美由を傷つけてしまうかも知れないけど……」


「なんでも教えてください。幸人が今でも彩芽さんの方が好きとか、そう言う話でも、わたしは構わないから!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る