第73話 再会その2
以前は、寄せては返す波のリズムがとても心地よかった。ここに来れば、必ず彩芽に会えた。彩芽といる時間がとても大切で、かけがえのない存在だった。今、彩芽は俺の隣にはいない。ここにあるのは、ただ、そこに広がる大海原だけだ。
「もう、失ったものは戻って来ない。あれからニ年も経つのに、俺は何やってんだよ!!」
真冬の海は震えるほど寒く、手は凍えるように冷たい。こんなところにいたら、きっと身体を壊してしまうだろう。なのに、俺はここから去ることがいまだできない。
俺は砂浜に横になった。俺は出会える可能性すらない彩芽を待っている。来てくれるはずもないのに……。
「幸人は、ずっと悩んできたんだね」
「……彩芽か?」
夢を見ているのだろうか。隣に少女が座り、呟くようにそう言った。隣に座っているのは……、まさか、そんなはずはない。
俺は隣に座る彼女が気になって、身体を起こそうとした。その瞬間、柔らかいものが俺に向かって飛び込んできた。彼女の腕は俺の腰に回され、そのまま俺たちは倒れ込んだ。その衝撃で俺は彼女が彩芽でないことに気づく。
「この匂いは……美由!?」
「幸人……エッチだね!」
「やはり、……美由だよな」
俺は美由を抱きしめるとゆっくりと身体を起こした。
「そうだよ」
美由の身体は彩芽とは違う柔らかさだ。美由は胸が大きいため抱きつかれるとどうしても胸の柔らかさを意識してしまう。美由の身体はとても暖かくて心地よかった。
「どうして、ここが分かったんだ?」
「ママに挨拶してきなさいって言われてね。幸人の家に行ったら、まだ帰ってないって聞いたからだよ」
そうか、俺にとって美由はかけがえのない存在だ。俺は美由を心配させてしまった。
「ここを教えたのは姉さんだよな」
「うん。幸人が一人になりたい理由も聞いたよ」
「ああ、そうだ。俺はここで来るはずのない彩芽待っていた」
「そうだと思ったよ」
「俺って情けないよな。忘れたはずだったのに、今更彩芽に何を言っても仕方がないのに……」
美由はその言葉を聞いて、俺をじっと見た。美由の瞳はどこまでも蒼くゆらゆらと揺れていた。
「正直ガッカリしただろ。俺は別の女の子が好きだったんだぜ。しかも美由は、初めてのキスだったのに、俺は初めてじゃなかったんだよ」
美由が俺の手を握りしめた。
「幸人の影に誰かがいることなんてわかるよ。キス、初めてじゃないことも知ってた」
「……えっ!?」
「だって、初めてなのにキスに戸惑いがなかったんだよね。そりゃね、して欲しいと思って、目を閉じたよ。でも、瞳を閉じただけじゃ、伝わらないと思ってたよ」
美由は俺の肩に手を回して抱きしめ、ゆっくりとキスをした。
「だから、目を閉じた僅かな間にキスされた時、驚いた。幸人って、結構手が早いんだな、って思っちゃった」
「俺は、そう言うわけじゃ……」
「知ってるよ。そんなこと!!」
美由は立ち上がるとスカートについた砂を払い落とした。
「結構、強めにアプローチしてたんだ。幸人を知りたくてね」
「手が早い男にそんなアプローチしたら、危ないじゃないか?」
「幸人は、分かってない。わたしは幸人の彼女なんですよ。望まれれば、応えないといけないと思ってる。だから、幸人が関係を持ちたいと思うなら、それでいいと思った」
美由はそう言って水平線の向こうをじっと見つめていた。
「綺麗な海だね。京都にはきっとない」
「うん、俺はずっとここが好きだった」
「それは彩芽さんがいたから?」
「……ごめん……」
「いいんだ。黙っていられる方が嫌だよ」
「彩芽は俺がここにいると必ず来て、一緒に眺めてたんだ。キスをしたのもその時だった」
「そうなんだ……」
美由はそう言うと真剣な表情で俺に向き直った。
「それなら、彩芽ちゃんと仲直りしないとね」
「いや、俺を裏切ったのは彩芽だよ。川口のせいで彩芽は変わってしまった。もう、どこにも、あの時の彩芽はいないんだよ」
「ふうん、でも、……きっと違うと思うよ」
「違うって、どう言うこと?」
「確かに彩芽ちゃんの興味の中心が幸人から川口くんだっけ、に変わったのは事実かもしれない。でも、だからって、幸人のこと忘れたりしない」
「そんなこと……あいつは俺の告白をみんなの前で、断ったんだよ!!」
美由は俺の身体に飛び込んだ。
「苦しかったんだね」
「うん、辛かった……苦しかった。全てを無しにしたいと思った。そして、今も彩芽を忘れたいと思ってる」
「忘れたい? どうして?」
「俺は美由が好きだ。でも、彩芽を好きだったことも忘れられないんだ」
「……そっか。だから苦しいんだね」
「……できれば、彩芽のことは、もう忘れたいんだ。そうすれば……、美由だけを愛していける。酷い男にならなくて済むんだよ」
「それは違うと思うけど……」
美由は抱きつく力を強めた。大きな胸が押しつけられる。
「いや、ちょっと美由!! 当たってる!」
「こう言うのは嫌い?」
「いや、嫌じゃないけど、悪いと言うか」
「悪くないです。わたしがしたくて押しつけてるのですからね」
美由はそう言ってもう一度、俺の唇にキスをした。
「忘れる必要なんてないんだよ。彩芽ちゃんが好きなことも、今だに忘れられないことも、幸人にはなくしてはいけないことなんだと思う」
「どうして……」
「幸人が幼馴染の彩芽ちゃんと出会い、一緒に生き、彩芽ちゃんを好きになった。でも、ある日、突然彩芽ちゃんが遠い存在になった。だから、京都へ逃げた。それら全てが幸人の今に繋がってるんだよ」
美由はそう言うと、俺の顔をじっと見つめた。
「一度、彩芽ちゃんに会ってみようよ。幸人だけならダメかもしれない。でも、わたしがいれば、なぜ幸人を嫌いになったのか分かるはずだよ」
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