第71話 帰省 その2
「美由、ハァハァ、……早いね」
「幸人が遅すぎるんですよ」
俺は新幹線ホームで美由と待ち合わせをした。美由は迎えに行きます、と言って聞かなかったが、その方が気分が出るだろ、と言ったら納得してくれた。
「ごめん、遅れるなんて思わなかったよ」
「わたしが電話した時、寝てましたよね」
「あっ、ああ……、昨日のテレビがあまりにも面白くて……」
ぶらり裏散歩と言うつまらないお笑い番組だが、見出すとやめられず、結局番組が終わる二時まで見てしまった。
「録画しておきますから、ふたりで見ようと言ったじゃないですか」
「いやあ、録画してまで見る番組ではないと思ってさ」
「なら、寝れば良かったのに……」
「散歩番組なのに、ロケバスで移動するカット後の撮影シーン使ったり、そのツッコミが面白くてさ。ついな……」
「すべての旅番組が、やらせだったら嫌ですが……」
「いや、全てじゃないと思うよ。それにあれは、お笑い番組だから誇張してるとは思うしさ」
「まあ、そのおかげで新幹線まであまり時間がないですが、何か買いに行きますか?」
美由は目の前の駅弁売り場を指差した。
「あっ、そのためにここで待ち合わせしたの?」
「遅れる可能性は見越してましたので……」
「いやあ、それ言われると辛いね」
「幸人のことなら何でも分かりますからね」
美由はそう言ってニッコリ笑った。本当に全て分かったら、少し怖いがまあ、美由ならいいかと思ってしまう。
「でも、珍しいね……あっ……」
「どうしましたか?」
「いや、何でもない」
思わず弁当を作って来てないのか、と聞きそうになって、慌てて止めた。美由はお手伝いさんじゃないからな。
「何でもなくないですよね? 教えてください」
「だから、何でもないって!!」
「その言い方が気になります!! 教えてください!!」
「ごめん、怒らない?」
「話にもよりますが、言ってくれるなら、怒らないように努力します」
美由はそう言って俺をじっと見た。曇りのない瞳が眩しいな。それに、今日は……えらくミニスカートが短くないか。
「なあ、そんなことより……」
「そんなことではありませんが……」
「あっ、その話はすぐにする。美由、スカート丈短くないか?」
「大丈夫ですよ。スパッツ履いてますし……」
「いやあ、それでもなあ」
「幸人が見えないように気を遣ってくれれば、大丈夫です!」
「露出度がなあ……」
「わたしも女の子だから、彼氏と一緒にいる時は可愛い格好がしたいです」
美由はそれだけ言うと顔を赤らめて、下を向いた。かっ、可愛すぎるよ。
「……分かった」
「で、さっきの話ですが……」
「あっ、ああ……とりあえず弁当買いながら話そうか?」
「弁当はいりませんよ。おにぎりとか、お茶を買っておこうと思ったのですよ」
そう言って美由は手に持った鞄を俺に向けた。
「弁当なら、ここにありますので……」
「あっ、ああ……やはり弁当作ってきたんだ。俺が聞こうとしたのも、それだったんだよ。でも、俺から言うとあまりにも厚かましいからさ」
「別に聞いてくれて良かったですよ。わたしは幸人の彼女ですし、弁当を作らないなんて、彼女としてはあってはならないことです!」
もし、この言葉を他の女に言ったら猛バッシングされそうだ。
「結構古風だよな。俺はそうは思わないけどもな。弁当を作ってもらってる側で、なくても当然だし、とても感謝してるよ」
「これは彼女としては、行わなくてはならない義務なんですよ」
「えと、それってお母さんから言われてるの?」
「いえ、直接言われたことはありませんが、ママは弁当を作らなかったことはありませんので……」
そうか。美由の責任感の強さは母親譲りというわけか……。きちんとした家計に育ったんだな。それを聞いて正月、挨拶に行くのが怖くなった。
「で、梅と昆布のおにぎりとお茶で大丈夫ですか?」
「あっ、これは俺が奢るよ。弁当作ってくれたお礼にさ」
「気を遣っていただいて、ありがとうございます」
気にしないでいいよ、と言って、俺は会計を済ませた。
「新幹線、着きましたよ」
結構、ギリギリだったよな。遅れたら大変なことになっていた。
「さあ、乗りますよ」
「ああ、どの席だろう?」
「一番前の席のようです。どちらに座りましょうか?」
美由は子供のように嬉しそうにこちらを振り向いた。きっと窓際に座りたいんだよな。
「美由は窓側の席に座っていいよ」
「幸人、いいのですか?」
「俺は大丈夫だよ。美由は窓側がいいだろ?」
「はい、わたしは車窓を見たいですが、後で変わっても大丈夫ですよ」
「いいよ、子供じゃないから、それに何度も乗ってるしさ」
「その言い方では、わたしが子供みたいじゃないですか?」
「違うのか?」
「違いませんが、その言い方だと結構小さい娘を指すのではないかと」
明らかに子供ぽかったと気づいて顔を真っ赤にして俯く。いやあ、俺の彼女は最高に可愛い。
「大丈夫だよ。美由は子供じゃないからさ」
「それはそうですが、幸人はいつも冷静で同い年なのに、わたしの方が遥かに子供ぽく感じます」
「気にする必要ないよ。そう言うとこも含めて好きになったしさ。それに、一昨日の濃厚なキスは子供じゃできないだろ」
「……エッチ」
「えっ!?」
「幸人のその言い方、少しエッチです」
美由のエッチな基準は結構幼い気がする。そんなんで本番なんて出来るのだろうか。いや、ちょっと待て……なぜ、本番なんて考えてるんだ。俺が心の中で葛藤してると美由が顔を近づけ、俺を覗き込んできた。
「どんな妄想に浸ってますか?」
「げっ!!」
えっ、と言おうとしたのに、心の中を当てられて思わず、げっと言ってしまった。
「やっぱり、幸人はエッチです……」
美由は、エッチな男は嫌いなのだろうか。車窓をじっと見ている美由からは、怒っているのか、そうでないのか分からない。
「美由!!」
「はいっ?」
「ごめんな、俺、変なこと言って」
ここは、もう謝るしかないだろ。エッチな男の子が嫌いなら、澄んだ心にならないと……。
「変な……こと……ですか?」
「いやさ、だから俺、エッチな妄想してたから、本当にごめん!!」
「どんな妄想してたんですか?」
いつのまにか美由は俺を突き刺す程、冷たい話し方になっていた。
「いや、その本当にごめん。今後もっと大人になってからだろうけど、その……俺たち付き合ってたら、その……そう言うこともするだろうしさ……その……キスだけでエッチなら……大丈夫かな、って」
美由はその言葉に何も言わずに俯いた。肩が震えている。怖かったのだろうか。それとも怒りで我を忘れているのだろうか。
「本当にごめん……そんな先のことわかるわけないよな。そんなことがあるか分からないのにさ。本当に俺ってバカだよな」
その言葉に美由がケラケラと笑い出した。
「もう限界! 本当におかしいです。わたしを子供ぽいと言ったから、そのお返しにわざと冷たい口調で言っただけですよ。怒ってなんかいません!」
「えっ!? 本当か」
「わたしは幸人の彼女なんですよ。幸人が望めば応える義務がありす。その……言ってくだされば……」
そのまま俺から視線を外して俯いた。恥ずかしいのだろう。耳まで真っ赤だ。
「ありがとう。その気持ちだけで充分だ。この前も言ったけど、俺たちが大人になって、俺が美由を支えられる男になってからでいいからさ」
「わたしじゃなくて、幸人も古風ですよ。今時、珍しいです」
美由はそう言って俺をじっと見た。俺にはその瞳が眩しく輝いているように感じた。
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