第69話 年末の帰省 その1

「幸人、今年帰ってくるだろ?」


 突然、母親から電話があった。もう29日か。美由は、今日昼から来ると言ってたっけ……。美由には、姉さんには、まだ話さないで欲しいと言っておいた。なんでですか? と不思議そうにしてたな。


 正月が終わるまでは、美由との関係は隠そうと思っていた。言ったら家族総出でお祝いされるからだ。正直、ウザすぎる。姉さんには正月過ぎてしばらくしたら、美由に伝えていいよ、と言うつもりだ。


「……そうだな」


 どうせなら、年末年始は美由と2人きりがいいが、帰らないと言ったら変な詮索を入れられそうだ。家族総出で俺のマンションに押し掛けてくる可能性も否定できないしな。


「なんだよ、その間は……そうだ。結城ちゃんだっけ……、彼女も家に帰るんでしょ。うちに寄れないか聞いといて……」


 結城と言う名前にドキンとする。そうだよな、母親が俺たちの関係を知ってるわけがない。


「お世話になってるんでしょ。料理を作りに来てもらってるって言うしさ」


 そう言えば美由が実家に帰るかどうか聞いてなかった。今日にでも聞いておくかな。


「もしかして、もう付き合ってたりする?」


「うわ、あちちちち……」


 思わず動揺して、飲んでたお茶を手にこぼしてしまった。とりあえず近くにあるタオルで拭いておく。痕にならなければいいが……。


「図星!?」


「ちげえよ。そもそも、美由と俺とじゃ釣り合い取れないだろ」


「うん、美由!?」


 しまった。呼び捨てにすると、美由が喜ぶので、この呼び方が定着してしまっていた。


「言い間違えただけだよ」


「本当かねえ……。もし、彼女なら、連れて来なさいよ。爺さんも婆さんも死ぬ前に一度は幸人の彼女を見たいと言ってるんだからさ」


「当分死にそうにないだろ?」


「まあ、幸人の結婚式を見るまでは死ねないって言ってるけどね」


 祖父母が悪い人でないことも、人一倍俺のことを心配してくれてることも知ってる。知ってはいるが、付き合ってることがバレたら、面倒くさいことになりそうだ。


「そんなこと言ってたら一生死ねねえぞ」


「確かにそうだね。幸人、モテそうにないもんね」


「うるせえよ」


 いいんだよ。俺は美由だけに好かれていればな。


「分かったよ! 31日の夜には帰るからな」


「了解……、幸人の好物たくさん作って待ってるからね」


 そこで一呼吸置いて……。


「後、結城さんにも聞いといてよ。確か、結城さんの家って、うちから30分くらいだったからね」


「なぜ、家まで知ってるんだよ」


「内緒!!」


「何が内緒だよ。どうせ姉さんに聞いたんだろ」


「よくわかったね」


「情報源がそこしかないからな」


「まあ、幸人が帰りたくないのはわかるよ。でもさ、もう早坂彩芽ちゃんに会うこともないでしょ……」


 彩芽の名前に胸がズキリと痛んだ。なに動揺してんだよ。


「実家に帰ったら、どこかで会うだろ」


 彩芽か、俺の幼馴染にして、初恋の相手だった。振られるまで相思相愛だと思っていた。まさか……、告白した日、クラスの目の前で断られるとは思わなかった。


「まあ、そうかもね。でも、会ったとしても挨拶くらいでしょ。気にしなければいいわよ」


「どうせ、川口和樹と一緒にいるだろ……、ふざけんなよ!!」


「もうその話はやめておきな。終わった話だ。すぐに忘れるよ」


「……そうだな……ごめん……」


 当時のことは記憶の奥底に封印していた。帰ったら思い出すから、実家には夏も帰らなかった。美由と知り合ってなかったら、今年は実家に帰れなかったな。


「まあ、結城さんは無理かもしれないけど、幸人の好きな唐揚げたくさん用意しとくからさ。帰ってきなよな」


「分かったよ」


「まあ、結城さんの手料理にはとても勝てないけどね」


「まあな……」


「えええっ、そんなに毎日作ってもらってるの!?」


「いや、たまにだよ。たまに……」


「でもさ、後ろで沙也加が毎日だって言ってるよ」


 姉さんめ。余計なことを……。


「帰ったらゆっくりと聞くからね」


「聞かなくていいからさ」


「そんなこと言ってたら、結城さんのお母さんにある事無い事言うからね」


「このやろ、俺を脅そうと言うのか」


「脅すなんて人聞きが悪い。わたしは幸人が話してくれること信じてるもの」


「何にもねえよ」


「まあ、そうだろうね。あなた、奥手だもんね」


「まあな。まっ、そう言うわけだから年末な」


 これ以上、話すとボロが出てきそうだ。俺は母親がまだ話してるのを構わずに電話を切った。


 美由が来るまでしばらくあるな。少し寝るか。そうして、俺はベッドに横になった。





――――――――





「幸人、お話があります!」


 昼にやってきた美由は開口一番、俺のベットに正座で乗り、そう言った。


 いや、やばいって、俺が寝てるの前で正座したらよ。


 俺はベッドからゆっくりと出て、同じく美由の前に正座で座る。合鍵を渡しておくのも考えものだな。でも、拒否できるような状況ではない。目の前の美由を見ると膝上10センチのミニスカートだった。これでは流石に外出させられない。ミニスカートの中の足の根本が見えそうで見えなくて、その絶対領域に目が吸い込まれそうになる……。


「どこ見てますか! わたし、真剣なんです!」


「ごめん、つい……」


「そりゃ、幸人くんが年頃の男の子で、エッチなのは分かります」


「分かるのかよ!」


「だって、ハリウッドの時も、外出の時に少し露出度の高い服着たら、わたしの胸とか太ももとかガン見してきますもん……」


「そんなに露出度の高い服は着てなかったと思うが……」


「それは幸人が露出度の高い服着たら嫌がるから!」


「だって、こんな可愛い身体を他の誰にも見せたくないだろ?」


「身体ですか……、なんかいやらしいですね」


「不満か?」


「いえ、わたしにも責任がありますから……」


 身長が20センチ低く、座高も低い美由と向かい合って座るとついつい胸の谷間が見えてしまう。


「そんなことはさておき、大変なんですよ!」


「何が!?」


「わたしたちの関係をお父さんに話したら……」


「えっ、ちょっと待て! お前話したのか?」


「ダメでしたか!?」


 キョトンとした顔で俺を見る。しまった。うちの家族のことばかり気になって、美由の親に内緒にさせておくのを忘れてたよ。

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