第57話 ハリウッドドリーム

「ほら、ほら怖くない。怖くないよ!」


 美由は嬉しそうな表情で俺の手を取った。


「なあ、美由ちゃんって、絶叫系好きな人?」


「大好きだよ!!!」


 ビックリマークが三つくらいつきそうなくらいの嬉しそうな笑顔だった。


「ワクワクするね」


「ドキドキの間違いじゃないの?」


「うーん、やはりわくわくだよ!」


「参考までに今までに乗って一番楽しかった絶叫マシーンって何?」


「富士山かな?」


「マジですか!?」


 富士山は、世界の絶叫コースターの中でも屈指のものと言われる。富士山ハイランドの絶叫系でも指折り数える絶叫マシーンで、高度79メートルからの自由落下が売りものだ。動画で見たことがあるが、富士山の山頂から落下するような光景が、動画からでも充分怖かった。


「ここの絶叫系は、おとなしめなものだから大丈夫だよ!」


「いやいやいやいや、最高高度44メートルから自由落下するのが、どこがおとなしめなんだよ!!」


「えーーっ、でも回転とかないよ?」


「富士山もしないでしょ!」


「そうだね。じゃあ、幸人は富士山も楽しめるね!!」


 このままでは年末帰る時に一緒に乗ろうと言われかねない勢いだ。


「いやあ、そんなことないよ。無茶苦茶怖いと思うけどな……」


 俺、本気で足震えてるんですけどね。


「そっか、ちょっと残念……」


 それにしても、年末まで俺たちは同じような関係を続けるのだろうか。


「なあ、美由ちゃんに……、その彼氏とか出来たら、こんなこともできないでしょ?」


「なぜ?」


 なぜ、って彼氏と一緒にデートしてるのに、俺が付き添うわけにも行かないじゃないか。


「その時には弟ですって言えばいいよ」


 後ろを歩く大和が爽やかな笑顔でそう言った。


「弟かー、それもいいね!」


 本当に言いそうなんだよな。この人……。


「ほら、次だよ、次……」


「あっ、ああ……」


 俺は緊張で心臓が潰れそうだった。


「とくとくとくとく……」


「美由ちゃん、何してるんですか!!!」


 美由が俺の左胸に顔をあてて心音を聞いていた。すげえ近い。マジでやばいよ。恐怖よりも別の方面が元気になりそうになって、俺は慌てて美由から飛び退いた。


「ごめん、やりすぎたかな?」


 破壊力凄すぎるんですけどね。


「大丈夫だよ! 幸人くんにとって、それはご褒美だからさ」


「こらっ!! 大和!!!」


 俺の顔が思い切りひきつっているのが、分からないか。同じ男として、それは言わない約束だよな。


「あはははっ、まっ、武士の情けだよな!」


「だよなあ!」


「何のこと???」


 美由が一人クエスチョンマークを大きく頭の中に浮かべてるようだった。いいんだよ、純粋な美由にはまだ早い。そう言うことは、ゆっくりと彼氏になる人にでも教えてもらったらいいんだよ。


 てか、教えてもらうってエ○すぎないか……。


「美由ちゃんには、関係ないことだからね」


「いや、この場合、美由さんは当事者じゃないかな?」


 何を言ってるんだよ! この男は……。


「ねっ?」


 爽やかすぎる笑顔がこの場合は、凄く憎らしい。


「当事者ってなんのこと?」


「いや、それは……違うと思うぞ」


「違うの!?」


「いーや、当事者だよ!」


 大和よ、話をややこしくするのはやめてくれ。俺がそう思っているとハリウッドドリームの乗り場に着いた。良かった、いや良くないけど、とりあえずこの話は誤魔化せるよ。


「ほら、そんなことより、乗ろうよ」


「そうだね、はい!!」


 美由がジェットコースターに先に乗り、俺に手を伸ばしてくる。


「ほらっ!!」


「あっ、ああ」


「ほーらっ!!!」


「あっ、ああ……あ」


「行っておいでよ。彼女の元にさ」


 大和が後ろからそっと押す。


「なっ、何言ってるんだよ。彼女なんかじゃ……」


「彼女だよ!!」


 美由は俺の手を取って、そう言ってニッコリと笑った。


「なななななっ、何言ってるんだよ」


「わたしたち、この漫画では恋人同士でしょ?」


 そう言うことかよ。本気で恋人同士と思ったのかと思ったからドキドキしたぞ。


「ほら、座って、座って!!」


「そ、そうだな!!」


 俺は席に座ると、前を見る。嘘、あるはずの前の席がなかった。


「ちょ、ま、ここ一番前だろ!」


「一番楽しい席だよ。良かったね!!」


 いや、ちっとも良くないんだが……。絶叫系は一番前の席が一番怖い。


「目を瞑ったらダメだよ!!」


「分かったよ!!」


「怖い??」


「……はい」


「ごめんね。やりすぎたかな?」


 美由はそう言うと前の持ち手を強く握る俺の手に自分の手を重ねた。


「大丈夫だよ!!」


 そう言われると、なんか大丈夫な気がしてきた。思えば小学校の時に、父親に無理やり乗せられた三回転ジェットコースターがトラウマでそれ以降は絶対に絶叫マシーンには乗らないと心に誓っていた。


 誓ったはずなのになあ。


「さっ、動き出すよ!」


 ハリウッドドリームがゆっくりと線路を登っていく。絶叫好きにはこの瞬間がたまらないらしいが、俺は目を開けてるのも怖い。


「高いよ、ほら見てみて……、あんなにお客さんが小さいよ」


 嬉しそうに言わないでくれよ。それにしてもどこまで登るんだよ。線路の先が見えないためにどこまで登ってるのか分からない。


 その瞬間、空が見えた。嘘だろ! 目の前のホテルとジェットコースターの高さが同じだ。


「うわあああっ」


 ジェットコースターがV字を描くように下に落ちていく。死ぬ死ぬ……。


 ダイナソーパークの落下より遥かに落ちる。しかも向こうは見えないからまだマシだが、こっちは落ちていくのが見えるんだよ。


 そのまま、その勢いで上がったり、降りたり、首を上げれば当たりそうなほど狭いところを通ったり、右に急激に曲がったりした。


「止めて、止めてくれ!!」


 その瞬間、俺の肩に柔らかい感触を感じた。


「幸人、大丈夫だよ。大丈夫……」


「あっ、ああ。ありがとう」


「どういたしまして」


 嬉しそうにニッコリと微笑む顔が近い。しかも胸が思い切り肩に当たっているのだが……。


 そのあり得ない状況のおかげで怖さも薄れ、何とか耐えることができた。


「おーい、大丈夫かーっ」


「大丈夫だと思うか?」


「ごめんね、幸人。そんなに怖いとは思ってなかったからね」


 なぜ、俺はこんな無茶苦茶な乗り物に乗ったのだろう。そうか、美由の笑顔が見たかったからだ。


「大丈夫だよ。ほら、行くぞ」


 俺は無理やり立って、ジェットコースターから降りた。今だに足はガクガクと震えが止まらないし、心臓は痛いほどにドキドキしてるが、とりあえず今は美由を心配させてはならない。


「大丈夫?」


「うん!? このくらいなら余裕だよ」


「嘘だー、無茶苦茶怖がってたもん」


 怖かったのは事実だが、それ以上に美由が嬉しそうに笑ってるのが俺には嬉しかった。


「ごめんね、そしてありがとう。付き合ってくれて」


「いいんだよ」


「じゃあ、富士山ハイランドも行かないといけないね」


「いや、それは……」


「冗談だよ」


 美由はそう言って舌を少し出して、ウインクした。俺は美由のこの笑顔に弱い。

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