第56話 パフェ!?

「ほら、来て良かったでしょ!」


 美由は俺の手を繋いでハリウッドスタジオを嬉しそうに歩く。後ろから大和がカメラを持って追いかける。


「いいよ。最高だよ!」


 大和は俺と美由の自然体を撮影したいと言ってきた。ただ、一つ条件があって、恋人らしく振る舞う事だった。そんなことできるわけ……。


「ほら、ここパフェの店だよ! 入ろうよ!」


「あっ、ああ」


「パフェとか甘いもの嫌い?」


「いや、嫌いじゃないけどさ」


 単に女の子と来るのが初めてで困惑してるだけだ。


「わたしは、このいちごパフェかな。幸人はどうする?」


 周りを見ると多くの男の視線を感じる。見なくても分かる。これは強い嫉妬だ。


「そうだな。じゃあ、このチョコパフェを頼もうかな」


 撮影じゃなくて、普通のデートなら嫉妬してくれるのも分かるけど、これはただの撮影なんだよ。大和の方を見ると大和は一枚撮影して、知らないふりをしていた。


 ちょ、待てよ。なぜ、恋人同士でもないのに、こんなに多くの人に恨まれなくてはいけないんだよ。


「ほら、こっち、こっち!」


 美由が元気になってくれて良かったが、このシチュエーションはキツいぞ。美由はいちごパフェを一口食べて、ニッコリと微笑んだ。


「美味しいよ」


「……ああ」


 俺も一口食べてみる。とろけるようなチョコとバナナが喉に流れ込んでくる。あー、確かにうまい。


「ねっ、わたしのいちごパフェ食べてみる?」


「……へっ!?」


 思わず変な声が出た。


「ねっ、恋人同士なら食べ合いっこするでしょ」


 いいのか……、それって間接キッス……。


「ほらっ、どうぞ!」


 美由は俺の返事も聞かずに俺の口にいちごパフェの載ったスプーンを放り込んだ。とろけるようなイチゴとアイスが流れ込む。思わず美由の唇をじっと見てしまう。


 このスプーン、今あの口の中に入ってたよな。えっ、それって倫理的に大丈夫なの? 俺たちって恋人じゃないのに、こんな事していいの?


「あーん……」


「へっ」


 そして、目の前に口を開けた美由がいた。


「ほーら、チョコパフェ入れてよ」


 おいおいおいおい、仮にも学園一の美少女の口に俺の食べかけのチョコパフェを入れろと言うのか。それって俺がやってもいいのか?


「わたし、餌を待ってる金魚みたいで嫌なんですけど!」


「ご、ごめん」


 美由を見ると口をパクパクと大きく開けていて、確かに金魚のようだった。俺は思わず吹き出してしまう。


「もう、幸人のせいだよ」


「ごめん、ごめん。ほら、どうぞ……」


「うん、それでいいよ」


 俺は震える手で美由の口元にチョコパフェの載ったスプーンを運ぶ。ゆっくりと目の前まで持っていくと、獲物を狙う魚のようにパクッと俺のチョコパフェを食べた。こんな事して俺は許されるのか。きっと学園のやつがいたら、俺は袋叩きにあっただろう。そう思って大和を見ると嬉しそうに笑っていた。


「大和、お前はこれでいいのかよ。俺たちただの友達だぞ」


「いいんだよ。幸人はこれでいい」


 大和がいいと言うのなら、これでいいのだろう。ただ、俺は撮影の手伝いをしてるだけだからな。別に好きとか、その後の関係を期待したわけじゃないからな。





――――――





「美味しかったね」


「ああ、そうだな」


 俺は美由の嬉しそうな声に生返事で答えた。さっきの食べさせ合いのおかげで、緊張して全く味を感じなかった。こんなドキドキしたのは初めてだ。


「ひぇっ」


「どうしたの?」


「手、手、手、、、」


「手くらいいつも握ってるよね」


 確かに引っ張る時とか理由をつけて繋いでる気もするが、何もないのに手を繋いできたのは初めてだ。


「ねっ!? わたし、可愛い?」


「……知らねえよ」


 本当は可愛いと言ってやりたかったが、珍しく大胆な行動に当惑して思わず思っても見ないことを口走ってしまった。


「うーん、結構いい線行ってると思うけどな」


「美由ちゃん、可愛いよ」


「ありがとう、大和くん」


 後ろで撮影している大和がどさくさ紛れに下の名前で呼んだ。美由を見たが気にした風でもない。


「ほおら、幸人も言ってみてよ」


「なにをだよ!」


「可愛いってね」


 無茶苦茶、ハードル上げてくるなよ。俺はニッコリと微笑む美由の全身をじっと見た。


 今日の美由は水色のワンピースだ。かなりスカート丈が短く歩いたら見えそうなくらいで、それだけでもドキドキする。胸がいつもより強調され、Dカップはあると思われる二つの膨らみが俺を誘惑する。


「ね、似合ってる?」


「へ、ああ、似合ってるぞ」


「胸じゃなくてペンダントだよ! 幸人のプレゼントしてくれた」


「あっ、ああ似合ってるぞ」


「えへへへっ、このペンダントお気に入りだよ」


「それは……その友達からもらったプレゼントだからか?」


「それもあるけども、アイビーのペンダントなのもあるかな」


「その形好きか?」


「うん、大好きだよ」


 俺がプレゼントしたペンダントを喜んでくれてるのは嬉しい。


「じゃあ、次はあれに乗ろうよ!」


 俺は嬉しそうに美由が指差す乗り物を見て、気持ちが奈落の底に落ちていくのを感じた。


「あれって、もしかして……ハリウッド・ドリームのこと言ってないよね?」


「それしかないよね」


「いや、それは、……なあ、別に絶叫系のアトラクションに乗る必要ないよな」


 俺は慌てて後ろを歩く大和にフォローしてもらおうとした。


「面白そうだよね。乗ってみようか」


 えっ、まじですか。基本的に俺は絶叫マシーンには殆ど乗ったことがない。小さい頃、乗ったジェットコースターが怖すぎてトラウマになっているのだ。


「ねっ、一緒に乗ってくれるよね?」


「えと、……その……」


 美由に随分迷惑をかけた。ここで乗らないと言う選択肢は用意されてないだろう。


「きっと混んでるから無理なんじゃね」


 だから、理由をつけて逃げようとした。


「今なら30分以内に乗れるそうだよ」


 おい、大和、そんなフォローはいらないぞ!

 ダイナソーアイランドでも怖かったんだからな、こんなもの乗ったらどうなってしまうか、分からないぞ。


「ねっ、乗ろうよ!」


「あっ、ああ……」


 美少女の笑顔には全てを従わせる何かがあるとはよく言ったものだ。俺は絶対乗りたくもないのに、口に出たのは肯定の言葉だった。

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