第53話 本当の心!?
全て終わった。俺は偽りの自分を守るため、美由に取り返しのつかない嘘をついてしまった。
「俺って、最低だよな……」
美由が友達になりたかったのは、優しくてどんな人にでも手を差し伸べてあげられる優しい俺だ。
それは絶対に俺ではない!!!
あの日、可愛くもない女の子に共感した。自殺をしても誰の心にも残らない女の子だったからこそ、その姿を自分に重ねた。自分より不幸な奴がいると安心した。俺はそんな愚かな人間だ。今の俺に美由のそばにいる資格はない。
美由は、あの時の俺の優しさの理由を知らない。
全てが嘘で塗り固められた。それが今の俺だ。分かるだろ。この後に及んで逃げた俺を……。俺は本当の自分を晒すのか怖くて土壇場になって逃げ出した。嘘に嘘で塗り固めた自分を守ろうとした。本当に、本当に……最低な男だ! そしてこんな時でも腹が減っている事に気がついて何か食べたいと思っている。俺は本当に最低だ。
何度も美由を傷つけてしまった。きっと百年の恋も冷めただろう。いや、違う。美由が抱いていたのは恋ではなく、友情だろ。もう二度と美由が弁当を作ってくれることはない。俺はその事実に強烈な胸の痛みを感じた。だめだ、こんな塞ぎ込んでいては、どんどん気持ちが嫌な方向に行ってしまう。俺は気晴らしにコンビニに行こうと部屋を出た。
――――――――
「幸人くん、やっと出てきたか」
弁当を買ってレジに行こうとした時、眼鏡の男が近づいてくるのに気づいた。眼鏡をしていたからだろう。それが大和だと気がつくのに少し時間がかかった。
「ご、ごめんな、大和。それにしても珍しいな眼鏡なんてしてるなんてさ」
「心配するな伊達メガネだ」
「そっ、そうか。伊達メガネなんだ」
本当は伊達メガネをして来た理由を聞くべきなのだが、焦っている俺にそんな余裕などなかった。
「……少し調子が戻ってきたから、……ご飯を買いに来たんだよ」
「そんな嘘はいらないよ。君が調子が悪くないことなんて分かってる」
「……いや、そんなことは……」
「あるね。お腹空いてるなら、コンビニじゃなくていい店あるんだ。つきあえよ。少なくとも君には俺につき合う義務がある」
俺にはその付き合えよ、と言う言葉が妙に納得できた。美由には言えなくても大和には話してもいいかも知れない。少なくとも今の俺は話して楽になりたかった。
「……分かった……」
――――――
俺は大和と連れだって近くの喫茶店に向かう。何度か大和の顔を伺ったが怒っているようには見えなかった。
何も言わずに歩く俺と大和。俺にはその時間が永遠に続くのではないかと錯覚した。実際には十分程度だったけども、その時間は本当に長く感じた。
「ここの喫茶店、本格的なコーヒーが飲めるから、俺好きなんだ。カレーも美味しいしな」
大和が再びこちらに振り返ったのは、洒落た喫茶店の前だった。大和が先に入り俺が後に続く。女性マスターと大和が数言会話した後、ウェイトレスが俺たちを案内した。大和はランチセットを頼み、俺はカレーとコーヒーのセットを頼んだ。
「で、……なぜ嘘をついてまで、今日の撮影から逃げたんだよ」
「ごめん……俺に美由ちゃんの相手は相応しくないと思ったんだ」
「……そうか……」
大和はそうかとだけ答えた。本当は言いたいことが山ほどあるはずだ。
「確かに君はイケメンじゃなくて、結城さんはかなりの美少女だ。二人の間に格差があるのはよく分かる。ただな、漫画はギャップがある方が人気が出るんだよ」
「……役だってことは分かってる。美由ちゃんとは、ただの友達でも、この役では恋人を演じないといけないこともわかる。でもさ……」
大和は俺の次の言葉をゆっくりと制した。
「何かあったんだね。その……結城さんとさ」
「……うん。美由ちゃんが俺と友達になろうとした最初の理由が分かったんだ」
「……なるほどな」
大和は運ばれてきたコーヒーを飲みながら、何度か頷いた。
「……でさ、その理由が問題で結城さんの相手から降りたいと、そう言うことなのか」
「……ごめん。漫画が完成しなくなるのは、理解できる。それでも……」
「じゃあ、その相手は俺が演じてもいいか」
「えっ!?」
それは俺から提案しようとしていたことだ。大和は嫌がるとは思っていたが、俺がやらないとなるとその方法しかない。その方法しかないんだが、この胸の痛みはなんだよ。
「別に撮影をそのままドラマにするわけじゃないだろ。確かにリアリティは欠けてしまうがね」
ちょっと席を外すね。大和はそう言って、席を立った。
配役を変える……。と言うことは美由の相手を大和がする事になる。しかも二人きりでだ。そんなこと美由が納得するのだろうか。俺は絶対納得しないと思った。いや、正確には納得しないことを望んだ。
「結城さんは、漫画に関しては、俺を手伝ってくれると言ってくれたが、なぜそうなったのか、その理由を聞きたいらしいよ」
美由らしいな。今の美由が投げ出さないのは、恐らく責任感だ。そして、それと同時に何故俺が投げ出したのかその理由を知りたいことも当然のことだ。
「それは……」
「俺はね。君のこと好きだったんだよ。いいやつだと思った。だから君を主人公にした漫画を描きたいと思った。でもさ、今の君を見てると腹が立つんだよ」
俺は美由に嘘をついて、美由の誕生日を無茶苦茶にした。
「君は本当のことを言わないとならない義務がある。少なくとも俺にはね。もし、柏葉くんが結城さんに言わないで欲しいと言うならば、言わないよ。適当に話を作って説明しておく」
大和はじっと声も出さずに俺を見ていた。時計の進む針だけが喫茶店に響くように感じる。俺には大和に真実を言う責任がある。俺は大和の漫画を手伝うと約束したのに、投げ出した事によって無茶苦茶にしてしまった。
「このことは美由ちゃんには言わないでくれないか?」
「分かった。柏葉くんが望むなら言わないよ」
「……実は美由ちゃんとは中学の時に俺と会ったことがあるんだ」
俺はその時のことをゆっくりと話し出した。目の前の大和はその言葉に相槌を打ちながら、目を瞑って聞いていた。
大和は本当にいいやつだと思う。本当ならば、理由を聞きそうなものなのに、全く聞いて来ない。気がついたら全てを話していた。
「そうか……なるほどな」
「美由ちゃんが友達になってくれた優しい俺と言うのは本当の俺じゃないんだよ」
「……結城さんは可愛くない格好で会ったのに、優しくしてくれたから、君に少しかも知れないけど好意を抱いていた。しかし本当の君は優しくもない。その時に優しくしたのは、その娘が自分に似てたからだと言うんだね」
「……そうだよ」
「そのことを知られて嫌われてしまうくらいならば、もう会わない方がいいと……。そして、俺ならば結城さんを幸せにしてやれるから、どうぞと言うことかな」
「そこまでは言ってないけど、もともと俺と美由ちゃんは釣り合いも取れないし、本来は友達でいるのも変なんだよ」
「それは異性の友達だからだね」
「……そうだよ」
「分かったよ。それを結城さんに伝えればいいんだよね」
「いや、だから言わないでくれって言っただろ!!!」
俺は驚いて大和の言葉を制止しようとした。
「言わないよ。いや、むしろ言う必要なんてないんだよね。結城さんはどう思うかな?」
「えっ!?」
大和はウェイトレスにそう声をかけた。
「……嘘だろ! 美由ちゃん!!」
俺は接客しているウェイトレスの顔を見て驚いた。まさか、そんな……大和はなんてことをしてくれたんだよ。
「ここさ、俺の母さんがやってる喫茶店なんだよね」
大和はそう言って笑った。まずい、まずすぎるよ。美由は俺の目の前の席に座わった。美由がこんなに怒ってるのを初めて見た。
「幸人は、自分のこと全く分かってないんだよ!」
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