第52話 本当のこと
じゃあ、俺のマンションに天使様が住んでいたことも、毎日、弁当を作ってくれたことも、そして友達になったことも偶然じゃなかったんだ。
「ずっと同情されてるんだと思ってた。俺って何もできないしな」
「見た目でちやほやして来た人はいくらでもいた。でも、幸人はそうじゃなかったんだよ」
美由はそう言ってニッコリと微笑んだ。そうか……。美由は俺が優しい男の子で、容姿にとらわれることなく、優しく接したから、友達になろうと決めたんだ。
でも……。俺は優しくはない。あの日、姉さんに言われたから、仕方なく参加したし、姉さんから女の子には優しくしなさいと子供の時から強く言われてたから、サポートしただけにすぎない。
「違うよ……美由ちゃんは俺のことを分かってないよ」
「そんなことない。幸人は人の痛みのわかる人間だよ」
違うんだ。死にたいと言った時、俺も同じ気持ちだった。好きな娘に告白して、振られた。次の日、学校に行くとみんなから振られたことを馬鹿にされた。
あの日、俺は死にたいと思った。だからこそ、美由が死にたいと言ってきた時、その気持ちが理解できた。
「俺は優しくなんてないんだ……」
俺はそう言って美由の部屋から飛び出した。
「ちょっと! 幸人!!」
後ろから美由の声がする。ごめん、俺はそこまで深く考えて美由を説得したわけじゃない。ただ、あの時の美由が俺にダブって見えた。全てを投げ出してしまいたかった俺は美由から告げられた言葉に凄く納得できた。
おさげの可愛くもない女の子だったから、死にたいことも理解ができた。
一瞬、一緒に死のうかと思った時に、母親や姉さんのことが頭に浮かんできた。きっと、美由が死ねば、多くの人を悲しませると思った。
だから……、そう言っただけだ。
美由がこんなに可愛くて、全てを持っている天使のような女の子だったなら、きっと嫉妬してそんなこと言わなかっただろう。
死にたいと言ってきたら、ふざけるなそんな可愛いくせに何を言ってるんだ、と言っただろう。
俺は優しくなんてないんだ!!
俺は部屋に戻るとベッドに倒れ込んだ。美由から、ごめんとラインが届いたけど、今日は一人でご飯食べるよ、とだけ返した。
美由は俺の言葉で苦しい過去を乗り越えたから、俺に少なくとも多少の好意を持ってくれている。
でも、違うんだよ……。
俺は美由の相手に相応しくはない。本当のことを言えばきっと軽蔑されるだろう。
美由が不細工な女の子だと思ったから共感をしただけだ。だから、美由が本当のことを知れば、きっとこの関係はなくなる。
本当は全てを言ってしまうべきだ。でもそれで二人の関係が終わってしまうのが嫌だった。あの天使様が俺に好意を持ってくれてるかもと知ってドキドキした。
でも、それが本当の俺じゃないと気づいた。美由は本当の俺を見ていない。美由が見ているのは飾られた俺なんだ。本当のことを言えば終わる。だから本当のことを言うのが怖くて、何も言えなかった。
「ねえ、どうして帰ったの?」
次の日、美由は弁当を渡す時に昨日のことを聞いてきた。
「いや、……ちょっと急ぎの用事ができたから……」
「わたしのこと、……嫌い?」
「いや……」
嫌いなわけないじゃないか。むしろもし、美由が俺のことを好きならば、心躍り上がる気持ちだ。
だが、気がついてしまった。
もし美由が好きなのであれば、その相手は優しい俺だ。それは、本当の俺ではない。
「ならいいよ。何か困ったことがあったら、絶対に言ってね。本当にだよ」
「……分かった……」
俺は本当に酷いやつだ。本来は美由に本当のことを言わなければならないのに、言えなかった。
俺は今までと同じ関係を維持しようと無理やり、今までと同じように振る舞った。美由も変わらないように振る舞ってくれた。そうして時間が過ぎ去り美由の誕生日になった。
――――――
俺は朝起きると大和に電話をした。
「おっ、珍しいね。柏葉くんから電話してくれるなんてさ」
「ああ、なんかさ。ちょっと熱があるみたいなんだよね。今日は二人で行ってくれないか」
「えっ!? いや、それは困るよ!」
大和は思い切り困った声でそう言った。確かに撮影で俺がいなければ困るだろう。だが、俺には美由を祝う権利がない。美由は過去の俺をいいように解釈して、友達になってくれた。可愛い美由を見た時、俺は本当のことを言うことができなくて、逃げた。そんな俺が美由を祝えるわけがない。
「ごめんな」
俺がそう言って電話を切った。これでいいんだ。俺はベッドに横になりながら目を閉じた。暫くして玄関の向こうに足音が近づいてくるのが聞こえた。
「ねえ、どうしてなの? わたし酷いことした? わたしがダメなら謝るよ。それとも本当に熱があるのかな?」
美由か。心配してきてくれたんだ。俺はそのことに胸の痛みを感じた。
「ごめんね。熱移ると行けないから……」
「じゃあ、わたしも行くの辞めるよ」
「えっ!?」
「だって、どちらにせよ幸人いないと撮影できないでしょ」
「いや、俺がいなくても撮影できるでしょ。なんなら、俺の代わりを大和がやってもらえればいい」
「なぜ、そんなこと言うの? ねえ、開けてくれないかな?」
そんなことできるはずがない。扉を開けたら嘘がバレてしまう。
「いや、だから熱が移るだろ」
「移ったっていいよ。幸人、嘘ついてるよね。本当にわたしのこと嫌いになったの? 前は熱が出ててもご飯作りに行ったよね。わたし、幸人の風邪なら移ったっていいよ」
「……ごめん」
「じゃあ、ここで待つね。幸人に何があったか、分からないけど、わたし待つよ」
いや、吹きさらしの廊下で長い時間待ってたら体調だって崩してしまうだろ。何言ってるんだよ。
「帰ってくれないか」
「えっ、……!?」
「……俺は美由ちゃんのことが嫌いなんだ」
美由の嗚咽混じりの声が聞こえた。
「……そうなんだ……、ごめんね」
美由の足音が遠ざかって行く。これでいいんだ。これで……。
――――――
酷い男だと言われると思うので後書を書きます。
つまりは言い訳です。
このお話と次のお話はセットです。
そのため今回は辛抱してください 滝汗
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